それぞれの作家が書いた中編のミステリが二編収載されている。本の表紙をめくると封筒が挟まっており「*256ページまで読んでから、開封してください」と書いてある。読者は、これが自分への挑戦状なのだろうと思って読み進めていくことになる。
阿津川辰海「水槽城の殺人」では、奇妙な形をした水槽のあるゲストハウスを舞台として密室殺人が起こる。二人の刑事がその謎を追求し、ある人物のある行動の痕跡で謎を解明していく。
斜線堂有紀「ありふれた眠り」では、美大受験のために妹千百合が兄一寿のマンションを訪れるところから物語が始まる。一寿が勤めるホテルである事件が起こって……。
256ページまで読んで挑戦状を開封し、「ああ、そういうことだったのか!」と新鮮に驚く。「あなたへの挑戦状」ってそういう意味だったのか、と。これはネタバレなのでこれ以上は掘り下げない。
作品として。
「水槽城の殺人」は、巻末の執筆日記によると、都筑道夫の「七十五羽の鳥」からヒントを得て、各チャプターの冒頭に、誰が何の役割でどこに謎があるか、ということを明記する手法で物語が綴られる。次のような感じだ。
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二組の夫婦が、ここでは登場する
この四人の中に、被害者も、そして犯人もいる
一見なんでもないシーンの中にも、
既に手掛かりは配置されている。
こういう作者が冒頭で登場する作品は読んだことがなかったので(作中に作家が出てくる小説とかは読んだことあるけれど)、最初は戸惑ったが、読み進める指針になるので結構重要な役回りのエピグラフだなと思った。
こういう密室トリックの解決がメインのミステリ小説を読むのがかなり久々だった気がするので新鮮に読めた。最後いろんな伏線が一つの結論に収束していくのは楽しかった。
なんかちゃんとしたトリック考える系のミステリ久々に読んだな。話の内容よりトリックと見せかたに凝った作品だった。
斜線堂有紀「ありふれた眠り」は、斜線堂有紀らしい小説だと思った。好き。後半からラストまでの流れが素晴らしく、最後は完全に心をつかまれた。もどかしさとままならなさとお互いの愛情とかなしいラストと。いったい何が描いてあるんだろう。
斜線堂有紀らしいとは何かという話になるんだが、巻末の執筆日記で斜線堂本人がこんなことを書いていた。
そもそも、私は小説を書くのが好きなのであって、ミステリのトリックがめちゃくちゃ作りたいわけではない。
自分の得意なものとミステリを組み合わせるのだ。混ぜろ。
ここで意識したのは、私の強みである。
私はいわゆるミステリプロパーではない。元々読んでいた作品も幻想文学や純文学が多く、得意なのは人間の感情を書くことか、あるいは奇想を生み出すことだ。
これらの文章を読んで、これまで読んできた斜線堂有紀の作品が浮かんで、「そうなんだよな。そこが魅力なんだよな」とか思って、自分の認識と斜線堂有紀自身の認識が近いようでなんだか嬉しかった。
そういうことで、そういうことが、そういうことなのだ。斜線堂有紀らしいとは、本人が強みとして認識しているものと合致している。当たり前なのだが、当たり前が当たり前であることは割と大事だ。
という感じ。タイトルどおりのすばらしい競作だった。面白かったです。
わたくしからは、以上です。
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家出たけどもう帰りたいエレベーターの中で。帰ろ。
— mah_ (@mah__ghost) 2024年6月6日