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【読書感想】熱帯 / 森見登美彦 の感想とちょっとだけ結末考察

あるとき小説家森見登美彦は、かつての同僚に誘われて「沈黙読書会」という読書会に参加する。「謎」の本を持ち寄り、その謎について話し合う、しかし、謎を解決してはならないという、それこそ謎の読書会だ。そこで白石さんが持っていた「熱帯」という本、それこそは森見登美彦がかつて途中まで読んだが失くしてしまい、どれだけ手を尽くしても存在すらも確認できなかった、幻の小説だったのだ……

その後語り手を変え、物語は進んでいく。熱帯とはどんな小説なのか、熱帯はどのように生まれたのか、なぜ熱帯なのか、この認識世界はどうなってしまうのか。

千夜一夜物語を下敷きに進んでいく物語。途方も無い入れ子構造。そして結末は……。

 

いやーすごい小説だった。びっくり。特に第四章五章が面白すぎて、森見登美彦の物語を作っていく、語っていく能力の凄まじさを全身に浴びせられながら、一気に読んだ。
腐れ大学生シリーズが好きな人は、ちょっと違うなと感じるかもしれないけれど、こうした物語の強さも森見登美彦の持ち味だと言えるはずだ。

 

++++

 

以下、つらつら書きますけど、思いついて順に書くだけなので、まとまってなくても許してほしい。そして、読んだ前提で話をするので、読んでない人は意味不明になると思うので、気をつけてほしい。個人的な結論は、下の方にあるのでそこだけ読んでもらっても。

 

第一章では、前述の通り、森見登美彦という小説家が「沈黙読書会」という読書会に参加する物語だ。
「熱帯」という小説をかつて読むが、最後まで読む前にその本が忽然と消えてしまう。その本をいくら探しても、作者をどれだけ探しても、一向に手掛かりすら掴めない。しかし、沈黙読書会に参加することで物語への扉が開かれる。この小説を持参した女性がいたのだ。この女性も最後までこの物語を読めていないと言う。そして、最後まで読めた人はおらず、途中まで読んだ人間たちで結社を作り、熱帯の謎について話し合っているらしいことを話す。そして、その「謎」についてその女性が語り始めるところで、第一章は終わる。

第二章では、叔父の経営する鉄道模型の会社で働く白石さんが主人公となる。常連の池内さんと話すうちに、二人ともとある小説「熱帯」を読んだことがあるということがわかる。白石さんは、池内さんに誘われて、その「熱帯」の謎を解こうとする結社「学団」に誘われ、参加する。白石さんが学団に加わったことで初めは何も起こらなかったが、白石さんの記憶から物語をサルベージしていくことで、グッと進む。さまざまな仮説。そして千夜さんは京都へ行き、それを追って池内さんも京都へ。新城くんは錯乱し、中津川さんは「この世界そのものが熱帯なのだ」と口角泡飛ばし、白石さんは行方知らずになってしまった池内さんの身を案じる。そうしているうちに、池内さんから白石さんへ、池内さんが書き留めているノートが届く。白石さんは京都へ行くことにして、新幹線でそのノートを読み始めるところで、二章が終わる。

で、三章は池内さんの手記。京都で千夜さんを探し回る様子が克明に記される。その過程でさまざまな人に出会うのだが、それがすべて「熱帯」「千夜一夜物語」によって導かれたとしか思えない運命的なものだった。「千夜一夜物語」をめぐる言説。マキさんという女性に言われ京都市立美術館で「満月の魔女」という絵を見ていると、絵の中の世界に入り、魔女に思えた白石さんと話す(白昼夢を見る)。
いろいろあって、芳連堂にあった千夜さんの父栄造のカードケースにしまわれたカードに、今回の池内さんの行動がすべて書かれていた、予言されていたことを知る。そうこうして、マキさんという女性のお爺さんの家にある「図書室」(千夜一夜物語の部屋で、千夜さんがいなくなったことを知る。そして、カードの預言に従い、その図書室に一人になる。そして千夜一夜物語入れ子構造を知り、必死で考える。自分の書いてきたノートを見返し、白紙のページまでたどり着く。その瞬間、自分が熱帯という小説を生み出しているような錯覚を覚える。

 目前に広がる白紙の頁。そこに見渡すかぎり何もない空漠たる世界です。しかし何もないからこそ何でもある。魔術はそこから始まるとすればー。

そうして池内さんは、物語の冒頭をノートに書き付け、巨大な門が開く音が聞こえたような気がする。
というところで三章が終わる。

第四、第五章は、ここまでで分かっている「熱帯」の冒頭から始まる。

汝にかかわりなきことを語るなかれ
しからずんば汝は好まざることを聞くならん

とある島に漂着した名前を忘れた人物「ネモ(のちにつけてもらったもの)」が主人公となる冒険小説。
佐山尚一に命を救われ……かと思えば利用され……さらに裏切られ。この章の登場人物たちは「魔王」によって作り出された贋物で、魔王の意思によって現れたりいなくならされたりする。創造する力は魔王しか持っていないとされていた。しかし漂着したネモにその能力があると佐山にも魔王の娘千夜さんにも言われる。魔王に接見をするが、「自分に関係ないことを話した」という理由で何もない島に流刑になる。
で、創造の力に目覚めたり、まあかなりいろいろある(すごい面白い)。ネモはその過程で昔の記憶を思い出す。雪の降る街にいたこと、千夜たちと共に過ごしていたこと、古道具屋。そして、ここまでの冒険で出てきた人物は全員佐山尚一だと言われる。佐山尚一とは「存在と非存在の狭間を生きる者」なのだと。そしてネモは悟る。この世界にいる根元同じように漂着した元海賊の老人シンドバッドの人生は自分の人生であること。「創造の魔術」とは思い出すことであること。
そして満月の島で、再び魔王と相見える。魔王は創造の魔術の源泉のカードボックスを開くようにネモに促す。

そのカードボックスにはひとつの『物語』が入っている。遠い昔、はるか西方から伝えられてきたものだ。私にはその未完の物語をどうやって終わらせればいいのかわからない。だから君に託そうと思うのだよ」

ここで主人公僕(ネモ)が満州の栄蔵になり同朋である長谷川から『物語』を持ち帰るように言われる。すると僕はゴビ砂漠にいて、商人から「ひとつの『物語』を持ち帰ってもらいたい」と話される。すると僕はバグダード出身のシンドバッドという商人になり砂浜に打ち上げられる。そしてシンドバッドは満月の魔女の召使、学団の猿に出会い、シャハラザードに接見する。するとシャハラザードがシンドバッドに「もしバグダードに帰ることを望むなら、ある未完の「物語」を持ち帰るように話す。

 この門をくぐることを決めたのはあなた自身なのです。
 この物語の扉が人の手によって閉じられるとき、我が言葉に充たされた千の夜は千の扉を開く。そのときにこそ私たちは、新しい世界を、新しい生命を生きることになるでしょう。あなた方が生きたいと願うように、私たちもまた生きたいと願うのです。この物語が最後の語り手のもとへ届き、我が願いの成就せんことを!

そうしてネモはネモに戻り、魔王とこんなやりとりをする。

「その物語とはなんです?」
「この世界は夢と同じもので織りなされている」
 魔王はカードボックスを示し、古いレコードのように掠れた声で語り続ける。
「語り手を失うとき、すべてはこの海に沈み、存在と非存在の狭間を漂う無数の断片へと還っていく。この群島の森羅万象、そこに暮らす人々、そしておまえ自身もだ。ネモよ、物語ることによって汝みずからを救え」

そうこうしているうちに猿によって海に飲み込まれ、また観測所の島に戻る。
魔王のカードケース(魔術の源泉)に入っていたケースには、自分が経験ししたすべてのことがほぼそのまま記されていたが、満月の島が沈むところまでしか書かれていない。この先は未完なのだ。
そして観測所の島を歩くうち、ネモは自分がこの島に来た契機を思い出す。そうして自分こそが「佐山尚一」であったことを思い出し、ここで出会った佐山尚一=虎に「熱帯」と名付ける。そして、元の世界に戻る。
ってこの書き方だとまったく意味わからんが、とにかく面白いから読んで。

で、後記。佐山尚一がいなくなった次の日に自宅に戻っていた世界線の話。佐山尚一はしかし、元の世界に戻ったわけではなかった。自分が盗んだ「栄造のカードケース」なんてもとから無かった世界。
そして36年後、千夜さんや今西さんとの交流は続いている。池内さんに誘われた千夜さんに誘われて、かつて自分たちが行っていた「沈黙読書会」に参加することにした。この読書会で、白石さんという女性が、森見登美彦が書いた『熱帯』という小説を紹介する。

というラスト。あらすじだけだとめちゃくちゃ意味不明だけど、とにかくめちゃくちゃ面白い。とくにネモ編がヤバい。これだけで一本の小説になっているのだ。冒険小説好きがうかがえる作品になっていて、ものすごい力で読者を惹きつける。

 

それで、ああ、そっか。

この物語の構造で、最後白石さんが持っているのが森見登美彦が書いた「熱帯」ってことは、佐山尚一の物語も(作中著者の)森見登美彦の物語だったということか。このことで(現実著者の)森見登美彦の作品だという宣言になってるのか。すごいな……。そしてこの物語を読んだ、次のわたしたち自身の物語が、この小説の続きなんだ。すごいな……。

じゃない。それだけじゃない。多分物語の包含関係はこうだ。

バグダードの商人シンドバッドの物語 ゴビ砂漠の日本人の物語 満州の栄造の物語 ネモ(佐山尚一)の物語 千夜さんの物語(この小説では語られていない)池内さんの物語白石さんの物語 ⊂(ここにまだ間がある気がする。第一章の女性が白石さんぽくなかったので)(作中)森見登美彦の物語 (現実)森見登美彦の物語 それを読んだわたしたち読者の物語

っていう構造なんだ。世界線がねじれていて、物語と物語の間に跳躍があるから、全て同じ世界で起こっている出来事にはなっていないけれど、世界線を超えてこういう構造になってるんだ。

……すごいな。すごい小説だった、思ったより。これは読者も物語の一部に明示的に巻き込んでくれてるってことだから、ファンとしてはだいぶ嬉しいことなんじゃないだろうか。

 

さて、余談。物語の筋から少し離れて。
「創造の魔術」とは思い出すことだった。だから思い出すことでさまざまな島や人や街を、ネモは作り出すことができた。しかしそれもすべて失い、観測所のある島で手記を書いて過ごす。虎から人に戻れなくなってしまった佐山尚一の姿を密林に感じながら。
小説とは創造の産物である。であれば、それを作り出す魔術とは、思い出すことだということなのだろうか。
たとえば生成AIは学習したことからしかモノを語ることができない。全く何もないところから何かを生み出すことができないのが、今の課題と言える。しかし人間はどうなのか。本当に無からものを生み出しているのか。
で、きっとそうじゃないんだろう。人間だってそれまで読んできた物語、経験してきた人生、築いてきた人間関係からしか、新たな物語を作ることができない。というか、無から作り出したと証明することはできない。が、人間だから、誰かの物語を聞いて、咀嚼して、自分のものにして、そしてそれらを無意識的にでも思い出すことによって、何かを想像していくじゃないだろうか。

というようなことを考えた。

 

長くなりましたが、この感想記事がつまらなくとも、小説はめちゃくちゃ面白いので、ぜひご一読を!ちょっと長いけど。

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ブログにエッセイも書こうかな。文章下手になったし、リハビリリハビリ。

mah_ (@assa-ghost.bsky.social) 2024-06-19T01:48:27.647Z

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