笹井宏之の第一歌集。
重度の身体表現性障害の笹井宏之にとって、短歌とは希望だったのだろうなと思う。周りにあるあらゆるものが、それが美しいものであれ楽しいものであれ、すべて自分の身体に跳ね返ってきてしまう。何もかもが生きることの重しになる。絶望したときもあるだろうし、希望なんて見えないときもあっただろうなと思った。
ふわふわを、つかんだことのかなしみの あれはおそらくしあわせでした
かなしみという感情は複雑だ。でもそういう「かなしい」という気持ちが想起されるということは、そういう気持ちになることが許される瞬間があったということで、そのことはきっと「しあわせ」なことなのだろう。それを思い出して、そのかなしみすらもいとおしくなる。でももう戻れないことが過去形によって示唆されていて、なんともものがなしい。
蛾になって昼間の壁に眠りたい 長い刃物のような一日
眠ることもできないほどに体調が悪い一日。刃物に傷つけられていくような一日。蛾のようにじっと壁に止まって眠りたい。いや蛾は眠っていないとは思うが、まあ比喩として。眠れずに、体調がじりじりと悪くなり、身体がじんじんと痛むような時、時間の経過はきわめてゆっくりだろう。そのつらさがよく表れていて、読むだけでつらい歌だ。
ねむらないただ一本の樹になってあなたのワンピースに実を落とす
「ねむらない樹」ってここからきてたんだ。
うん。
というわけで、ただ、亡くなってしまった人という偏見で読んでいるところもあるかもしれない。