最高だった……。
高校教師の作者による短歌連作とエッセイを収録した作品。青春の迷い人だった時代から始まり、高校教師となり奮闘する。これでいいのかとずっと自問自答しながら。
元小説家志望ということも関係があるのかは分からないけれど、物語を読んでいるような気分だった。一人を追いかけた連作もあるし、そうでなくても、高校生の活き活きとしたみずみずしい日常が目の前に立ち上がってくるようだった。
小説投稿、短歌投稿していた大学院・研究員時代は苦しかったんじゃないかと思う。永遠に深夜。トンネルを抜けられる気配も無い中、それでも創作をし、日常をしっかりと生きてきた強さというのが、その後の人生にも大きく影響しているのかもしれない。
中でも「進路室は海」と題されたいくつかの連作短歌とエッセイはとにかく最高だった。進路指導室の担当教員となった作者の、日常の学校生活や部活動の様子などが絵が描かれているが、どれもから子供達への深い愛情を感じた。
ここに収められた短歌、エッセイでは魅力的な登場人物がたくさん登場する。大学時代のシマに始まり、思春期で少し拗ねたトモロウ。どの登場人物に対しても、作者の深い愛情が感じられるようだった。とてもよかった。
では好きな短歌をいくつか。
「俺はさぁ、漫画家になりたいんだよ」シマの打ち明け話は熱く
大学に入学し、おそらく何人かの友達ができた作者が「もらっても返せない」と(若干いじけて)距離を取り始める。そんな作者をファミレスに呼び出してシマがご飯をおごってくれる。そして、シマは「漫画家になりたい」と打ち明ける。つまり、自分の殻に閉じこもろうとする作者に、シマは心を一つくれたのだ。なんたるヤツ。最高の友人じゃん。
そして作者も「小説を書きたい」と言って、事実その後シマは漫画の投稿を、作者は小説の投稿を始める。青春小説の王道のような展開で、胸が熱い作品だった。
「難しい理論はもういい君はどう思う?」と笑う外間先生
外間先生は作者の恩人だ。学部の時の専門と異なる大学院に進学したらしい作者は、かなり苦労したようだ。その際、助け舟を出してくれ、「父となる、兄となる」とまで言ってくれた外間先生。
大学院で劣等感を覚えて理論武装した作者にこう言ったのだろうか?深い愛情を感じる作品だった。
グラウンドにモーツァルトがいる 大地からもらったリズムで今走り出す
表題作のこちらは、陸上部副顧問をしている作者の見ている景色なんだろう。この少し前に「走ることは音楽よりも音楽だ トップスピードに入る瞬間」という歌もある。子どもたちが走る音が、地面を確実に踏み締め、蹴り、その音を音楽として実感を伴って表現する。自分の足だけではリズムはならない。大地の力を使って音楽となって走っていく。それはもう帰ってこない青春そのもので、わたしは泣きそうだ。帰宅部だったけど……。
集会へ流れる列の最後の子だけは桜を見上げて歩く
移動が最後の子ってきっと一人で、少しゆっくり歩いている。まあだから最後になるんだけど。他の子達は集会へ向かって前に向かって歩いていくから桜に気づかない。だけれど、最後の子はゆっくり歩くからか、桜に気づいて見上げて歩いている。
これももう帰ってこない青春のワンシーンで、泣きそうになる美しさがある作品だと思った。
以上。他にももっとたくさんのよい歌、エッセイがあった。こんな先生がいて、ここの高校の子達は幸せなんじゃないかなと思う。大人になってからきっと気づく。