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ヒルマ・アフ・クリント展へ行った【東京国立近代美術館】

皇居

三寒四温にしたってやり方ってもんがあったでしょ?と怒りたくなるほど真冬と初夏を繰り返す昨今。みなさまお元気ですか。お久しぶりでござる。

ところで皇居の乾通りが春と秋公開されるのをご存知だろうか。春は桜が、秋は紅葉が楽しめる。雨の土曜日をじっとこらえ、日曜日に行ってきた。

皇居を門から門へと通るだけなのだが、「ああ天皇陛下が近くにいらはる」「ああ、この道を散歩なさるのか」などと考えると感慨もひとしお。沢山木が植っていて、当然無料なのでおすすめのデートコースなのだが、どうもシニアしかおらず、わたしたち夫婦が40代最年少みたいな感じだ。都内近郊在住の方は、次回秋の公開時にはぜひ足を運んでいただきたい。秋というか初冬かな。冬に咲く桜が咲いたりもしているので結構楽しいです。

そうして陛下を心の友と勘違いしながらそのまま歩いて竹橋へ。目指すは東京国立近代美術館

東京国立近代美術館

東京国立近代美術館は建築家の谷口吉郎の設計で、質実剛健という言葉がぴったりの建物。時代に媚びず、民衆に媚びず、実直。かっこいい。

ヒルマ・アフ・クリント展

さて、今回の目的は3月4日より行われている、「ヒルマ・アフ・クリント展」だ。キービジュアルに使われている絵が淡く繊細な抽象画で、絵本のようなその絵に興味を惹かれて訪れてみた。

www.momat.go.jp

ヒルマ・アフ・クリントは抽象画を創案した画家として近年評価されるようになり、今回はアジア初の大回顧展ということだった。カンディンスキーモンドリアンが好きなので、同じように抽象画の初期を支えた画家なのかなと思い、楽しみに足を踏み入れてみた。

踏み入れてみたが……

なぜアフ・クリントが抽象画の最初期の画家にも関わらずこれまでの西洋絵画の歴史上評価されてこなかったのか。なぜ、限られた人にだけ鑑賞され、表に出てこなかったのか。

それは、アフ・クリントがスピリチュアルに染まり、同じような嗜好の人たちと組み、ありもしない神殿のための絵を描きまくり、そのうち天使より自分の使命を言い渡されそれにそって行動し、微妙にオカルトな集団にも所属し、執拗に絵を描いてきたからだった……

アフ・クリントの絵は、たしかにどこかスピリチュアルと言われればスピリチュアルなのかもしれない。残念ながら自分にその素養がゼロなので、何か霊的なものを感じ取れるかと言われればそうではないのだが、まあ確かに人と違う感性を持っていたのかなあなどと思う。

子供の頃の絵。ヒルマ・アフ・クリントは、このような素敵なお伽話を描いたかのような絵からは想像もできない未来へと辿り着く。

これは展覧会の中でも最も宗教がチックだった絵。そして、「この絵スマホに入れてたら害悪が自ら避けていきそうじゃない?」と思った絵がこちら。

とまあ、こういう絵ばかりではない。キービジュアルのように淡い色使いの曲線を多用した優しい語りかけるような、大きな絵が10枚飾られている部屋があった。

人の影入れたらいい感じになるかなと思ったけどならなかった写真です。はい。

でもまあ、こういうサイズ感の、青年期から老年期にかけての作品10点が一つの部屋に飾られていて、その部屋は一周ぐるりと回る部屋となっているのだけれど、その外周の壁にベンチが備え付けられていて、ゆっくりとこれらの絵を座って鑑賞できるようになっている。

それだけこの絵は、ファンにとっては大切な、心に入ってくる、優しく語りかけるような絵なのだと思う。

そしてアフ・クリントは最後事故によりその生涯を閉じる。手持ち金もほとんどなく、貧乏暮らしだったようだ。

おすすめです

この展覧会、特別な期待をして行ったわけではないのだが、めちゃくちゃにおすすめ。スピリチュアルを好きな人も、別に好きじゃない人も行くといい。こういう人がいて、こういう絵が描かれていて、しかし評価されずにここまで来たということが、それだけでとても面白いじゃない。

どの絵も説得力を載せているように感じた。こういう絵を一回見てみてもいいと思うんだよ、誰もが。

ということで、帰りは神保町でカレーを食べて帰りましたが、なぜ神保町のカレーやはじゃがばたーを出すのか食べるけど太るじゃんいいけど。

ということでちゃんちゃん。わたくしからは以上です。