「約束の途中(ハワイ)」「冬の動物公園で(千葉)」「見えないものを受け取って(香港)」「冬には冬の(北海道)」「神様に会いに行く(大阪)」「パノラマパーク パノラマガール(静岡)」「さかさまの国(NZ)」「優しい国(ミャンマー)」の8作からなる短編集。
それぞれの人生の岐路やさまざまな局面で、旅にいる。それは比喩ではなく、本物の旅。
幼馴染と約束の地でまた次の約束をしたり、好きな人にくっついて遠くまで行ったり、恋人と別れたあとの友人の優しさを受け取ったり、好きな人が感動した景色を見に行ったり、死んだ父さんの代わりに寺院を見に行ったり、エトセトラ。
<感想>
行き違ったかなと思ったら通じてて、感動するつもりで行ったら一ミリも感動できなくて絶望して。旅は、旅の体験がそのままではなく、人間関係とか人生とかに大きく影響され、また、逆に人間関係とか人生とかに大きく影響する。ときによっては、旅によってその後見える世界がまったく違うものになったりする。
まあでもわたしはそんな旅行したことないな。今後あるのだろうか。
さて本編の話。旅を通じて深まっていったり、確かめ合ったりする人間関係とか人生とかの中で、一際目立ったのが「神様に会いにいく(大阪)」だ。
この話では、主人公がインターン先のボスの友達に恋して、その人が神様の声を聞いた、ボロボロ泣いた、といっていた太陽の塔を見に行って自分も神様の声を聞いたりボロボロ泣くほど感動したりしようとする。ちなみにその好きな人には恋人がいる。
結果、神様は話しかけてこなかったし、感動して泣くこともなかった。それを強く望んだのに、そうはならなかった。
そこで主人公は、自分とまるで似ていないからこそ好きになった人が感動したものを見て、自分も感動できるはずがなかった、という考えに至る。
寂しすぎるー。うぅー。こういう二人が付き合うとどうなるんだろう?最初のうちは知らない世界を見せてくれるとかですごい楽しいかもしれないけれど、だんだん話が合わないことがつらくなったり、興味のあることに互いに興味を持ち合えなくてつらくなったりしそうだなーとか思った。
寂しすぎるーー。
また、「パノラマパーク パノラマガール(静岡)」は、途中で話のオチは分かるのだが、切ない話だった。女の子の親友同士が卒業旅行で静岡のパノラマパークに行くのだが、それは主人公の強い主張によるものだった。主人公はどうしてもその子と恋人の聖地に行きたかったのだ。
とまで言えば結末は分かると思うのだけどそういうことで、これも切なかった。
自分は同性愛の経験も、絶対好きになっちゃいけない人を好きになった経験も無いから分からんけど、どんな気持ちになるんだろう。どれほど苦しい思いをするんだろう。
ということでですね、まあ普通に面白かったです。普通です。
わたくしからは、以上です。
