ということで、新美術館へ行ってきた。
国立新美術館「ブルガリ カレイドス 色彩・文化・技巧」 - ゆく河の流れは絶えずして、
もちろんもう一個の目玉企画も鑑賞してきた。「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現1982-2010」だ。
現代美術というのはいつもよくわからない。西洋画なら色彩の美しさとか多様さとか構図の良さとか、いろいろ言語化できるのだが、現代美術を見て出てくる感想はいつも「なんかすげぇ」だ。
ということで、本企画展もなんかすごかった。
了。
というわけにはいかないので少し話をしてみよう。
現代美術と呼ばれるジャンルには、必ずと言っていいほど思想が込められているor表現されている。それがなぜなのかを真剣に考えたことがあるのだが一つは、「そうでなければ通常の美術の範疇で語られるため現代美術として扱われない」というもの。でもそうでもないよなというのが最近の考え。
わたしはあまり社会に対する反骨精神とかそういう系の思想的なものが好きではないというのもあって(哲学などは好きだけれども)、現代アートからは距離を置いて生きているのだけれど、たまに見るとよかったりする。

奈良美智すらもこうした表現をする。人は表現をしようとするのだ。

ピンクのベッドなのだが、キャプションに詳しい説明がなかったのでこの作品が作られた背景や込められた意味はわからなかった。ただなんとなくかわいいなと思う。
わたしは女性的なものを特別好きというわけではないのだけれど、かわいいものは割と好きで、こうしたかわいい部屋に1日泊まったりできたら楽しそうだなあとか思いながらシャッターを切った(ボタンを押した)。
一番馬鹿馬鹿しくてしかし割とふかくって笑ったのがこれ。

一連の絵は漫画になっていて、1から読むと面白い作品になっている。あらすじを言うと、ある日工事現場に落ちてしまった主人公と娘が昔の世界にタイムスリップしていろんな過去のことを楽しむという漫画なのだけれど、絵のテイストとか話の展開とかが大変面白くて笑いながら読んだ。
さてさて。
ところで、とくに写真にはおさめてこなかったが、写真作品もいくつかあった。写真を写真に撮るのってなんか異界への扉を開けそうで怖いからわたしは撮れないのだけれど、そもそも写真というのは美術なのだろうか。反語ではなく疑問である。
絵画だって風景画とかあるじゃないかと言われればその通りなのだけれど、絵画の場合、一度本人の目を通して脳を通じて技量に応じたアウトプットをしていく。その人がそのものをどのように見ているかにもよるし、当然技術によって表せるものも変わる。
写真はどうなのだろう?もちろん構図とか露出とかいろいろあるのかもしれないけれど、これは写真を批判しているんじゃなくて、写真を美術のレヴェルまで押し上げるのって相当な実力がいるんじゃないかと思うと言うこと。たとえばわたしが撮った風景写真は、街の人々の写真は、決して美術たり得ない。ただの記憶だ。記録ですらない。
写真に詳しい人、写真がどう美術なのかを、教えてください!!!!!!!!!!!
わたしは知りたい、写真を撮る人や写真を見るのが好きな人が、写真を現代美術のどの辺の位置(優劣ではない)に置いているのかを。
ということで、いきなりまとめるが結構面白い展示だった。尖ってる作品はそれほどなかったから、現代アートって苦手なんだよねって人が行ってみても楽しめる内容になっていると思う。
わたくしからは、以上です。

