「魔術師」「ひとすじの光」「時の扉」「ムジカ・ムンダーナ」「最後の不良」「嘘と正典」の6作からなる短編集。
「魔術師」では、主人公の父であるある魔術師がそのマジックショーの中である魔術を使うことで消えてしまった。そこに至る経緯と、その後の子供達を描く。
「ひとすじの光」では、生前に相続に関する手続きをほぼおえていたはずの父親が、馬主をしていた馬の処遇を決めずにいたことがわかるところから壮大な物語が始まっていく。
「時の扉」では、「時の扉」に関する話を、ある人物が「王」に話すようにして物語は進む。
「ムジカ・ムンダーナ」では、歌を所有し歌で取引する不思議な島が舞台となる。主人公は東京でさまざまな音楽発表会や公演会の動画を撮影する仕事を生業としているが、父の遺品のいくつかの中に「ダイガのために」と書かれたカセットテープがあることに気づき……
「最後の不良」では、ノームコアが主流となり、MLS(ミニマルライフスタイル)社が席巻した世の中で、人々が多様な価値観や個性を持たなくなった。そんななか、MLS社襲撃事件が起こる。
「嘘と聖典」では、はじめ、アメリカのスパイがソ連のとある人物からソ連の軍事情報のリークについて打診をされる。こうした対立国内の協力者「エージェント」を得て、スパイ活動は行われる。打診が3回目となり……
<感想>
骨太の短編をこんなにたくさんありがとうございます。
どの作品も、「嘘」と「正しさ」が近しいテーマとなっており、結構複雑な作りになっているものもいくつかあった、「最後の不良」なんかはわかりやすかったけれど、最後スカッとしたな……
「魔術師」「時の扉」「嘘と聖典」では、「過去」を改変することができるようになるという点で共通点がある。「ひとすじの光」と「ムジカ・ムンダーナ」では親父の愛を思い知ると言う点で共通点がある。「最後の不良」はなんとなく著者が現在のミニマル思考が気に食わなくて価値観が雑多にまざりあって流行が作られて尖って新しいことを知ってっていうプロセスを踏みにくくなっていることがやるせなくて書いたのかなと言うラストだった。そう言う意味では異質だったかもしれない。
すべての短編を食い入るようによんでしまった。
とくに読み応えがあったのは、うーん、全部!(こら)
でも過去の改変をするには過去からの仕込みが必要なこと(改変はできないこと)を「魔術師」で描き、過去の改変を続けていくにはもはや脳をいじって時の流れの中に閉じ込められるしかないんだということを「時の扉」で描き、「過去は改変すべきではない、たとえ残虐な現状があったとしても」という思想が勝つ「嘘と聖典」。この3つはそれぞれが絡み合ってそれぞれに意味を持ち合っているのだろう。
自分にとってはどうだろう?と思う。
過去の間違いを正すことが正義か、間違ったんだからそれが正史だとすることが正義か。
でも個人のレヴェルでいっても、過去の間違いをなかったことにはできない。正すとしても、それは未来に向かってのアクションにしかならない。そう考えたら、社会全体で考えても、そうでしかない。
それを嫌だと言うのなら、時間の流れに閉じ込められるしかないだろう。改変し改変し改変し改変し、目をつぶし、海馬をいじるしかない。
短編集だが全作品読むとより深く味わえるような短編集だった。まあ、短編集ってそんなもんか。
わたくしからは、以上です。
