大切な人諏訪ノゾミを亡くした主人公嵯峨野リョウは、その恋した人を弔うために死んだ場所である東尋坊にとむらいにくる。自殺だと言う人たちもいたが、ノゾミの事故の原因は、東尋坊にふきつける強風だと聞いていた。
兄の通夜のために自宅に帰らなければならなかったリョウはふらつき、東尋坊から落ちた。気がつくと金沢市内の川沿いの堤防のベンチで目が覚めた。自宅に帰ってみると見覚えのないスクーター。鍵がうまく入らない。中から出てきたのは、嵯峨野サキと名乗る、まったく知らない家族でもなんでもない人物だった……
<感想>
温度と雰囲気が一貫して村上春樹「ノルウェイの森」だと感じたのに、インターネッツの海を探してもそんなことを思っている人がいないらしい。寂しい。
リョウは、母が自分より先に妊娠し流産した「ツユ」が生まれていた世界線にスリップしたようだと言うことがわかっていく。ツユの名前はここでは「サキ」だ。
リョウが抱えていた家族の問題(抱えていたと言うか、子供の頃から当たり前のようにあった)を、サキも抱えていた。しかし事件が爆発した時、リョウの解決とサキの解決には明確な差がつき、リョウの世界では親夫婦は不仲のまま家族だけを続けている。その一方でサキの世界では、親は子供のために考え直し、めちゃくちゃ仲良くなって一緒に旅行に行くまでになっている。
リョウが恋心を抱いていたノゾミも、家庭に問題を抱えていたが、透明になることをリョウにアドバイスされ得てそれを実践する。何かそこに起こっていることは、自分じゃない誰かに怒っていることだと考える。そうすれば平静でいられるし心を見出されることはない。
このノゾミの性格も、サキの世界では全く違う、まず、生きている。そして、とても明るい性格をしている。げっそりと助けてオーラを出した時に、話を聞いてやったのはリョウもサキも同じだったが、「ヒューマニストになるかモラリストになるか悩んでいる」と言ったノゾミに、リョウは「なんでもない人になりな」といいサキは「オプティミストになったらいい」とアドバイスする。その助言通り、リョウの世界のノゾミはある種ドッペルゲンガーを使いこなすかのように離人感を駆使して問題と対面する。一方で先の世界のノゾミは明るく振る舞うことを覚える。
それだけじゃない、あらゆることが、「自分の生きてきた世界」より「サキの生き咲た世界」の方がうまくいっている。「ボトルネック」。自分をそのような存在だと感じるようになる。このあとに起こるピンチも、サキが注意深く周囲を観察し適切な対処をとったから防げることになる。
サキは一生懸命行動した。現状を受け入れず抵抗し、状況を打破していった。
それに対して自分はどうだ。すべてをどうしようもないと受け入れただけだ。自分だって一生懸命生きてきた。けれど結果を見れば、どっちが正しかったのかは明らかだ。主人公はそんなことを思い。
「もう、生きたくない」
と漏らす。
そうもらした瞬間リョウは元の世界は戻される。サキの世界を魅せられた上で自分の世界に戻されたことをひどく残酷に思う。今更やりなおすなんてできない。
そうしたリョウに届いていたメールは、リョウがやってきたことの全ての結果のようにリョウには感じたのだろう。
そしてきっと。
子供にはどうしようもないことがある。何が物事を好転させるか、何が物事を損なってしまうか、それは状況にもタイミングにも関係性にも性格特性にもよるから、一つのことに決まらない。たとえば、リョウの世界ではすべてがうまくいって、サキの世界ではすべてうまくいかなかった可能性もある。
そしてサキ、いやツユの言うように「昨日できなかったことだって今日は」ってこともある。
リョウはサキに完膚なきまでに自分の選択を否定される。サキは悪くない。サキにはできたがリョウにはできなかった。それだけなのだが、確かに自分自身のすべてを否定された気持ちになるだろう。
この小説についてはハッピーエンディングは求めていない。
だって実際にこういうことはあり得るし、その絶望って筆舌に尽くしがたいと言う言葉でも尽くしがたい、胃がぎゅっとなって頭が痛くなって吐き気がして耳鳴りがして幻覚が見えて、みたいなことなのだ。
ノルウェイの森と似てると思ったのは、リョウ目線だとたった二人分かり合えた恋人を亡くしたこと、世界は違うけれど友達といるノゾミのはしゃぐ姿を見ることができたことが、なんか直子とのエピソードと似ているなと思ったのと、全体がリョウとノゾミの観念の世界の物語であるので死の匂いに満ち満ちていたこと、「ちゃんと前を向いて生きていけ」って言ってくれる人がいたこと、でもそれがどうやらうまくいかないことが分かっていること。
そしてでもそれより残酷な最後の一行。
そりゃ死ぬよね。絶望しかないんだもん。生の方向に引っ張ってくれ得る存在である「ツユ」はこの世にいないんだもん。
つらい読書体験だったけど、ときどきこういう成分を取らないと人生は。
わたくしからは、以上です。

