作者見ないで買ったら豊崎さんだった。守備範囲広いね。
これから現代詩を始めよう(メトロ文学賞に応募してみて、短歌だけだと表現できないものが表現できる気がした)と思うのだが、現代の詩人なんて誰も知らないし、山羊の歌も読んでない。一番好きな詩は「勧酒」みたいなわたしが(現代詩じゃねええええええええ)、はたして見よう見まねもせず詩を書いていいものかと悩み、いや別に書くのは自由やろと思い、しかしそれにしたって軸は必要だと思い買って読んだ一冊。
気になる詩人さんが何人かいたので図書館で借りようとしたら誰一人置いてねぇ。最果タヒしか置いてないじゃないか、おい。まあ、短歌も一部の超バズった歌集しか置いてなかったけど。
貧乏人(無職)に厳しいのだ、芸術の世界は。
というわけで、本書は詩のかっこよさに力点を置いてさまざまなテーマで現代史を紐解いていく、まあ入門書です。
ところで告白ですが、わたしは性嫌悪が強く(恋愛はOK)、現代詩につきものの気持ち悪い性的な感じは嫌いです。
はい、告白終了。
でも詩が(おそらく)芸術である以上、人類と離れることはできず、ということは人類として根源的な行いであるセックスなどから離れることはできず、そういう匂いのする詩がたくさんあり評価されるのもうなづける。
それでさまざまな詩が乗っていていろいろ読んで思ったのが、詩ってオチがなくていいんだなってこと。これまで力を入れてきた短歌は、見える情景や感情・情動やオチが伝わることが重視されていたと思うのだけれど(その認識が間違ってる可能性は否定できない)、現代詩は言いっぱなしでよくてオチなど分からなくてよくて無難にまとめなくていいんだーーーということ。
どうしても最後締めたくなるし、多分わたしは詩を作っても締めちゃうだろうし、伝わってほしいと思って書いちゃうだろうけど、それだけ自由なんだなーって思うと、31文字の短詩である短歌と全然違うことに驚く。同じ詩歌なのに。
今後の活動についてはまた別の記事で書こうと思います。それかnoteかなー。
