バツイチ無職おじさん松尾純一郎。娘からも前妻からも現妻からも同期からも元バイトくんからも喫茶教室の同期からも「あなたは何も分かってない」と言われるようなバツイチ無職おじさん。
会社ではうだつがあがらず、55歳で課長止まり。それも部下に教えてもらうことのほうが多く、「課長はうだうだ言わないからやりやすいですよ」みたいなことを言われる始末。会社が早期退職を募った時、いろいろ勘案して手を挙げた、バツイチで無職のおじさんだ。
あるとき、娘の亜里砂の就職相談に乗ったとき、適切なアドバイスもできず「亜里砂みたいな良い子、どこの企業もほっとかないさ」などと言いガッカリされ「お父さんって、本当に何も分かってない!」と怒られた。その次の日、自分が理想だと思っていた喫茶店で知ったかぶりをして店員に陰口を叩かれ、なぜか勢いで電車に乗ってしまう。そして、なんとなく「これから、趣味は『喫茶店、それも純喫茶巡り』にしよう」と思いつき、純喫茶を巡ることになる。
純喫茶を巡っている間に、いろいろなことが起こる。もうそれはいろいろなことが……
<ネタバレあり感想>
これから純喫茶巡りを趣味とする男が、まさか早期退職で上乗せされた退職金3,000万を喫茶店開業によって全部溶かしていた過去があるとかびっくりした。順序が逆だろうと。
で、結局この純一郎は、会社でも大した成績を残せず、それなのに妻に子育てや家のことを任せ、自分のことも任せ、自分勝手に生きてきた人間なのだ。「俺、そんなに悪い父親でも、夫でもないと思うんだけどなあ」とか思っている。
でもこういうおじさん描写って今時どうなんだろうねと思う。リアルリアル!っていうほどもうリアルじゃない気がする。それとも世間の55歳ってまだこんな意識で生きてるんだろうか。
「何にも分かってない」というあらゆる人からの指摘は、「恵まれた環境に無自覚に甘えて好き勝手やってる」ということへの批判であったり憧れであったりする。で、本人はそのことに気づかず、「なんでそんなことを言われるのかな」と不思議に思っている風である。
しかし純一郎は素直だと思う。穿ったところがないし、純喫茶巡りを趣味にすることにして、本当に趣味にしてコーヒーやサイドメニューを味わっている。本当にある喫茶店が名前を伏せて用いられているが、そのコーヒーやサイドメニューへの解像度も高く、その描写は読んでいる者の目の前にそのセットが浮かんでくるようだ。
素直で無頓着で周りの人に気を使わせているのに気づかずに、恵まれていることに気づかずに、自分はうまくやっていると思っているから、質が悪いというのだろう。しかし。
それにまして妻の亜希子だよ、亜希子。純一郎とは社内不倫の末結婚するわけだけれど、「月五万くれてデパートで買い物させてくれれば、主婦として文句を言わず仕事をする」みたいなことを言っていたのに、しまいには「自分一人になりたい、自分の足で立ちたい」みたいなことを言って離婚を切り出してくる。
ひどい。50歳ということは、1975年生まれ。バブルの最中に子供時代を過ごしたとはいえ、自分が就職した頃にはバブルは弾けている。なのにこんな世界観で生きてる女がいたとは驚き桃の木……(最後まで言えよ)。財産分与もひどいものだった。
一番いいやつだったのは、再就職を斡旋してくれた同期と、前妻の登美子だ。登美子は「あなたは何もわかってない」と言いつつ、そのわけを最終的には話してくれてナポリタンの作り方まで教えてくれる。
そして亜希子が自由になりたがったのと同様、離婚をすれば自分も自由だということに気づいた純一郎は、もう一度喫茶店をやりたいという夢を実現する。今度は浮き足だった適当な老後計画ではなく、少し地面に足のついたやり方で。
この喫茶店もうからないんだろうなーとか思いながら最後まで読んだのだけれど、でもいいラストだったな。
みんなうまくいくといい。亜希子以外。亜希子には痛い目を見てほしい。そんなに世の中は甘くない。
それと、自分もその年齢に近づいていることに思いを馳せた。42歳なので8年後には50歳で、作中にも出てきた「今日が一番若い日」という言葉は嫌いな言葉なんだけど実際その通りで。
それにしても、人生100年時代に今後50年も生きなくちゃいけないという現実に打ちひしがれる。あと50年あれば今日じゃなくて明日でもいいじゃん、と夏休みの小学生みたいなことも思ってしまうけれど、純一郎の純喫茶巡りではないけれど、何か夢中になれることを見つけたり、喫茶店開業のように何かチャレンジングなことをしてみるべきなんじゃないかとか、思う。
