猫になりたい無職の休日

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東京オペラシティ アートギャラリー「アルフレド・ジャー あなたとわたし、そして世界のすべての人たち」

蛮族の地に起居しているため、23区のウェストサイドに行くことは少ない。頻繁に訪れるのは丸の内や日本橋といったエリアだ。
とはいえ新宿もISETANや高島屋があるくらいで、蛮族の地の要素も強い。年代も人種もごった煮と言った感じで、粗野な感じもある。いや、そのISETANや高島屋があることが重要なんだ。なんなら小田急もある。駅ビルにもLUMINEが入っている。いやいや、蛮族の地にも松坂屋があるじゃないか。うん、しかないね。

ということで今日は新宿というか初台のオペラシティに足を伸ばした。時間が経つにつれ気温が上がっていき、海外勢(主に白人層)では半袖の人もいたりする。さっきすれ違った人は半袖なのにスキー板をかついでいた。うーむ。どっちなんだ。

アルフレド・ジャー あなたとわたし、そして世界のすべての人たち

オペラシティでは今、アルフレド・ジャーの作品展が行われている。全部で21作品しかない、空間をぜいたくにつかった展覧会だ。

原題は「YOU AND ME AND THE OTHERS」だから「あなたとわたしとそのほかの人たち」みたいな感じだと思うんだけど、アルフレド・ジャーの写真から感じ取れる思想みたいなものを鑑みて「世界のすべての人たち」にしたのかな。

「OTHER PEOPLE THINK」という作品の邦題はキャプションを読むと「彼らにも考えがある」となっているけど、これもわたしは「ほかの人たちにも考えがある」でいいんじゃないかと思うんだけど、「OTHER」で「OUR」を除外してるから、その立場からの視点で「彼ら」にしたのかなあ、分からんけど。

ちょっとなんか「OTHER」の訳し方に不満があるようだ、わたし笑

でもこれ難しくて、アルフレド・ジャーはチリの出身で、北米と南米の在り方というものに強い関心を抱いて作品を作っていたから、「彼ら」と訳したのかなあ。
そもそもこの作品(後ろの「OTHER PEOPLE THINK」の部分だけね。手前は「今は火だ」という作品)が、作曲家ジョン・ケージの生誕100周年を記念して制作されたもので、ケージが15歳のときにハリウッド・ボウルでの講演のために描いた演説文へのオマージュで、「Other People Think」っていうのはその演説文の中の一文らしい。

ここでは、北米と南米のあり方について話してるから「彼ら」と訳するのが適切なのかなあ。なんかもにょもにょするけど、もっと広い視野がありそうで。

これとか痛烈に「自分たちだけアメリカぶってんじゃねーぞ」と言ってるんだけれど、南米の人たちは、「自分たちもアメリカだ」って主張したいのかね。北米にこきつかわれて、搾り取られて、排除されてきた歴史があって、それでも「ラテンアメリカもアメリカだ」っていうアイデンティティなのかな。なんか不思議だなあとか思ってしまう。

中でも「サウンド・オブ・サイレンス」という作品が心に刺さった。
ピューリッツァー賞を取ったケヴィン・カーターを題材にした作品。ケヴィン・カーターは多分ピューリッツァー賞の中でも有名な、飢餓に苦しむ幼児の後ろに一羽のハゲワシが立っている写真↓

www.asahi.com

を撮った人。結構壮絶な人生を送っていて、その中でようやくついた写真店の仕事からカメラマンにジョブチェンジして写真を撮っていた。このアングルでシャッターを切ったこと、「なんで助けないんだ」と批判が集中し、ケヴィンは塞ぎ込んでしまう。
実際には写真を撮ったあとすぐに追い払ったのだけれど、もちろんそんなことは写真を見た人には分からない。

その場ですぐに助けることと、記録を取り世界に広めること、歴史に残すこと、どちらが社会的意義のあることなんだろう。それでいったら記録写真家は全員廃業になってしまう。

そんなことを考えていた。

そしてアルフレド・ジャーは日本とアメリカの顕在的な立場の差についても作品を制作した。「明日は明日の陽が昇る」という作品だ。

直接的ぃ!

さらに、原爆ドームの上にドローンを飛ばして作成した「ヒロシマ、ヒロシマ」という作品があり、USAに対する怒りや、自分もしかしまた加害者にもなりうるのだという罪悪感や、いろんな感情が沸き起こった(写真なし)。

いやー空間を贅沢に使ってることもあいまって、よい体験ができたと強く感じた。普段意識していない、いや意識しないようにしているアメリカ(USA)への嫌悪感とか抵抗感とか掻き立てられたし、だけど、「OTHER PEOPLE THINK」を「彼らにも考えがある」と訳しているように、奴らにも考えがあるのだろうという視点も忘れずにいることができた。

思想的な作品ってあまり好きにならないのだけれど、これらの作品は、しつこいけど空間を広く使ってるから押し付けがましく感じないし、こちらに考える余地を残してくれているのでそこもよかった。

北米コンプレックスは世界中の北米人以外の全ての人が持ってるものだと思うので、すべての人におすすめの展示だと思います。

www.operacity.jp