前段
4月に入ってから天気が安定しない。雨が降ったり曇ったりかと思ったら晴れたりまた雨がボソボソと降ったりと、人類のメンタルを試しにかかる春の空。入学式、入社式、転職、無職。さまざまなライフステージチェンジが起こるこの時期にこの天気、サディスティックな神様がエゴイスティックに遊んで眺めて楽しんでいるのだろう。
先週の土曜日(4/4)もすっきりしない天気の予報だった。そこで徒歩圏で遊ぼうということになり、蛮族の地上野を目指しちんたらと歩く。桜はまだ咲いていて、入学式までもちそうだった。東京でこれだけながく桜(ソメイヨシノ)が咲いているのは珍しい気がする。とてもよい。
科博・トーハクを眺める
まずは、科博とトーハクをちらっと眺めた。
科博「かこさとしの科学絵本」
科博では、今、「かこさとしの科学絵本」という企画展が行われている。
かこさとしは、「ダムのおじさん」という科学絵本でデビューし、その後600冊の絵本を世に送り出した人で、鬼のような使命感を感じる。展示では、実際の絵本や、絵本を描く前段階の資料などもあり楽しめた。
子供の頃、家には図鑑はあったけれど科学絵本って無かったなと思い出した。保育園や図書館で読むのがとても好きだった。
当時はあまり新しい本や映像コンテンツの補給がなかったため、同じ絵本を繰り返しよむことになる。ボロボロになるまで読む。なんかそうやっているうちに知識を得ているのって素敵だと思ったし、今の子もそうであってほしいと思った。
生誕100年記念「かこさとしの科学絵本」
期間:2026年3月24日から6月14日
場所:国立科学博物館
常設展入館料のみで観覧可能(630円。高校生以下と65歳以上は無料)
*休館日などは科博のウェブサイトをご参照のほど
東京国立博物館「博物館でお花見を」
トーハクでは、展示室の一角で「花」をモチーフにした作品が展示されていた。この時期の博物館はどこもそういう展示が多い。
なお、お花見展示はもう終了してしまった。
トーハクはこの日特別展が行われていなかったので、ほぼ海外勢しかいなかった。悲しいのが、今年度からTOPPAN ミュージアムシアターが終わってしまったことだ。とてもよかったのだが、本当に残念だ。
東京藝大美術館「NHK日曜美術館50年展」
雨が少し強まってきた中、藝大美術館まで少し歩く。少しと言っても4,5分だ。上野のいいところは、こうしてまとまっているところなのだ。1日に何件も博物館や美術館の企画展に足を運ぶことができる。
最初に迎えてくれたのはピカソ。
ピカソって子供の頃本当にわけがわからなかったのだけれど、大人になって鑑賞するようになると、まず絵がうますぎるし、キュビズムって考え自体がぶっ飛んでいるようでいて本質をついているようで鋭い視点だし、さまざまなことについて問題意識を持っていた画家なんだろうなあと思うようになった。
でもキュビズムって今もその系譜はあるんだろうか?一時の流行りだったんだろうか?と思って今調べたら、そこから派生した派閥というか流派は残っているけれども原始キュビズムを今でもやっている人はいないっぽい。
まあでもピカソを超えなくちゃならないプレッシャーを考えたら手を出しにくいのかもしれない。
さて、展示は続いていく。西洋絵画のみならず、日本の工芸の超絶技巧なんかも余すところなく展示されている。
かっきょ良すぎる。かっこよすぎて滑舌が……。
発想も面白いと思うのだけれど、その発想に負けていない技術力があって実現力があって、できた作品だ。実際に何かの舞台やお能なんかに出てきてもおかしくなさそう。思わずパチリと。
そしてみんな大好き岡本太郎。
会場では、岡本太郎がピカソについて熱く語っている録画が流れていた。「ピカソに猛烈に感動しているからこそ、ものすごいと認めているからこそ、ピカソを追い越せ、ピカソよりすごいものを作ってやるって思う」というようなこと(大意)を言っていた。それに対しMCが「パブロ・ピカソを藤さんとしたら、岡本さんは今何号目ですか?」と質問し、岡本太郎が「僕は超えてると思ってますけどね」って言っててさすがだぜって思った。
岡本太郎の原初的な感じ、確かにピカソを意識しているようにも見える。超えてるかどうかは好きか嫌いかに大きく左右されるのでわたしにはわからないけれど、まあどちらも唯一無二と思う。
NHK日曜美術館50年展
会期:2026年3月28日から6月21日
場所:東京藝術大学大学美術館(その後巡回あり)
観覧料:一般2,000円(前売り1,800円)
高校生・大学生1,200円(前売り1,000円)
中学生以下無料
おしまいに
晴れていれば動物園にも行きたかったが、雨だったので地下通路を使って御徒町へ抜けた。パルコヤの廚というかき氷やが空いていたっぽいので一瞬かき氷を食べようかと思ったが、寒いのでやめた。
上野や御徒町は飽きない街だなとつくづく思うのである。