昼過ぎに、Xのこんなポストをみた。
アーティゾン美術館「モネ展」
— もんじゃ焼きお好み焼き わらべ (@warabe401) 2026年3月3日
一回目行った時は、激混みでしたが、今日は余裕でガラガラです。
やはりこの展覧会行くなら、雨の日がオススメ pic.twitter.com/vsB3zOeG8c
アーティゾン美術館のモネ展には、初日の朝イチで行った(なので激混みでは無かった)のだが、もう一回会期中に訪れたいと思っていた。
しかし、そのあと超人気な美術展となり、激混みで碌に絵を鑑賞できないということを聞き、再訪することができないでいた。そこにこのポストである。行かないわけには行かない。
今日の東京には冷たい雨が降っていて、気温も11℃と最近としては寒い。なので一日中家から出る予定もなく、部屋着でふんふんふふんふふんふんふふんと鼻歌を歌いながら録画していたソーイング・ビー8をいっぺんに見ていた。
ソーイング・ビーとは……ってその話はここでするもんでもないわ、でも、マーカスが脱落したところまで見て悲しみ。あの吹き替えのせいだと思うけれど、いかにも陰キャでとても好きだったのだ。
はい、で、そんな一日でもよかったのだが、せっかくの一日だ。今日が一番若い日だ(この言葉好きじゃない)。出かけない理由があろうか。いやない。いや雨。だがしかし。
ということで、急遽着替えてアーティゾン美術館へ行ってきた。
アーティゾン美術館「クロード・モネ —風景への問いかけ」

二回目の来訪であるので、混雑している最初の方をすっ飛ばし、いきなり第二章へ。雪。
白い雪を描くとき、それを見た人が空や周りの景色が思い浮かぶようではないとダメだというようなこと(大意)をルノアールが言っていたらしい。そのとおりで、モネの雪の絵は、そこに差し込む光の描写がわたしは好きだ。

「かささぎ」は本展の見どころの一つだけあって、じっくり見て写真を撮っている人が多かった。やっぱりグッとくるよな。光溢れる雪の中にポツンと左に配置されるかささぎ。雪に当たる光の表現ももちろんいいのだけれど、影がすごくいいと思う(語彙力)。光が奥からこちらに向かって差しているので、手前側には段差や木の影ができるのだけれど、その色がすっごいすっごいいい。ずーーーーっと見ていたい気持ちだったけれど、この絵はとても混雑していたので大人しく先へ進む。
ではここからは、わたしが個人的にグッときた絵をパッパと並べていく。

「モネ」と聞いて日本人(少なくとも)が思い浮かべるような配色ではないのだが、せいせいとした晴天(適度な雲と空のコントラスト)と、やはり影の表現にグッときた。
印象派って、みようによっては超適当に描いているように見えるのだが(顔がベタっと置かれた絵の具だったり)、これも例外ではなく、旗よくない?最後に上から足したのかなっていう白が風になびいている旗に適度な重さを与えている。
光景が目に浮かぶようだ本当に。

これはいかにもモネらしいと日本人なら思っちゃうような絵だ。一番日本人が好きな睡蓮のような自然ではなく、汽車と駅舎(韻を踏んだ)という人工物の絵。だけれど、モネらしさがあって、心をグッと掴む。こういう絵が描けたら、次なんか描けないんじゃないかって自分だったら心配になっちゃいそうな名画だと思う。人工物を淡い線で表現して、やはり煙の影の表現がとても好きだ。青い。人は相変わらずべたっと置かれたインクで、こんな絵の登場人物になれたら幸せだなあとか思ってしまうなあ。

この絵は横浜の運河のようで、なんか嬉しくて撮ってきた。向こうが光でこっちが影っていうのが得意だったのかな。水が一色ではなく(当たり前だけど)、こちらの水面まで光がうっすら差し込んでいて、遠くの水面は透明感があるのに手前の水面は少し濁った感じもあって、同じ水なので見え方だけの差なのだけれど、見え方だけの差を適切に表現できることがすごいよなあと思う。
横浜っぽいんだよなー。好きだ。

自画像。なぜ画家は自画像を描くのかと思ったのだが、子どもの頃美術の時間に自画像を描かされたから、そういうもんなのかもしれない。絵を描くのは多分最大の自己理解の手段の一つで、その最たるは、自画像なのかもしれない。

曇天。遠くの岸がふぅわりと浮かぶ。そこにはかすかに光があり、それを覆う空にもピンクや青が使われ、曇りの中にも少し明るさが表現されている。手前の厳寒を思わせる氷の塊と、奥の氷が溶けた川が、なんか未来に向かって希望があるみたいな感じに見えて胸がぎゅっと締め付けられた。

同じ氷の川を描いているのに、晴れていて空が淡く光っている。氷がそれを反射して、いるから、氷の上は白く、景色は映っていない。明るい季節がきて、氷が溶けていって、木々も淡い色で表現されている。あまりの綺麗さに立ち止まってしまった。

今回の展覧会のメインビジュアルの作品。習作ってこんなに気合いの入ったもの?近寄ってみると、焦茶の低木の枝のうねうねが「なにこれ?」って感じに見えるのに、遠目に全体を見るととてもうまい表現であることがわかる。ぐぬぬ。風が強く吹いていて、スカートやスカーフが強くたなびき、雲も流されているようだ。こちらを見ている女性の表情はわからない。雲に映った光のピンクと、女性のきている白い服の反射する光のピンクと、低木の花のピンクが一体感を演出していて、だけど木の葉の緑があるから目線が流れちゃわない。ぐぬぬ。

モネはロンドンが好きだったそうだ。なぜあんなご飯のまずい年中曇ってる陰鬱な街をと思わなくもないのだけれど、多分服装とか建物の外観とかが好きだったんじゃないかな。とくに国会議事堂が好きだったらしい。
霧が深くてなにも見えない。遠くに見えるのはそのビッグベンなのだろうか。なにが起こってるかまったくわからないけれど、こんなふうにきっと見える景色なんだろうな。見てみたい。

反射が綺麗すぎる……!!!釣りをしているようだけれど、全員女性に見える。ヨーロッパでは女性も積極的に釣りをするんだろうか?船の向こうに見える森の葉っぱに反射する光も素敵だ。これ水に映った三人を見ているだけでグッとくる。こんな絵描ける?いや描けるわけないんだけれど、すごいなあと思った(語彙力ふたたび)。

モネははじめ、睡蓮をただただ観賞用に育てていて、絵に描くつもりはなかったらしい。この家に住んで10年経ってから睡蓮を描くようになって、以降睡蓮だけを描き続けた。なので国立西洋美術館の常設展示でもモネの睡蓮は観れるし、世界中のいろんなところで多分みることができる。
しだれ柳の間から差し込んだ光。鬱蒼とした木々の中の池の水は決して澄んだ青ではない。そこに浮かぶ睡蓮の葉や花に落ちる光。橋も光に照らされて、やはりこちらがわが影なんだよな。手前側が光源の作品とかないのかな。

晩年に視力を失ったモネには、あの素敵な庭がこんなふうに見えていたのだ。若干ホラー味がある作品で、それは人生の最後はホラーなんだって言われてるみたいで見る人はドキドキしてしまう。池もまったく綺麗な水面はなく、黄色。でも上から差す光は変わらない。いや変わってるんだけど、光はいつも空から、向こうからきているなって。それがモネの絵なんだなって本当に思わされる。
以上です。
というわけで、雨、平日、という好条件だったにも関わらず、午後だったばかりにかなり人も多かったけれど、みんなの目的の「かささぎ」の後は、章の導入の説明文のところがボトルネックになっている以外はそこそこゆったりと鑑賞することができた。好きな絵だけを観て歩いていたので、かなり飛ばし飛ばしではあったけれど、行ってよかった。雨、平日、午前、となるともっと空いているようなので、行ける方はぜひ。
モネ好きは絶対行って欲しい展覧会だ。モネモネモネとモネが永遠に供給されていく。モネしばらく結構です、印象派もういいです、っていうくらい。
ぜひ!
わたくしからは、以上です。
猫とのキスに余念がない
— mah_(星村) (@re_mah_) 2026年3月3日
家に帰ったらZOZOが来ていたのでさっそく子猫に箱を供給してみた。
箱猫
— mah_(星村) (@nagainagaiinu.bsky.social) 2026-03-03T10:00:09.021Z






























