父を亡くした高校生の一華は、その遺産をめぐって刺客に襲われ骨折をする。家政婦の橋田がそばについていてくれているが、一華は父の残した遺産の額を初めて知り、遺産をめぐり親族と対峙することを決心する。なお、遺産は5兆円である。
対決相手は父の兄弟、つまり一華の叔父叔母だ。本来娘がいる以上兄弟に相続権はないが、一華には寝たきりの祖父がおり、一華死ぬ→祖父に一華の遺産が入る→祖父が死ぬ→父の兄弟に父の遺産が入る、という算段であった。また、今回の相続争いにおいては先手必勝、一華を仕留めた者が全遺産を引き継ぐという約束の元、暗殺計画が実行されていった。
橋田は一華のために探偵千曲川光を雇う。事件が起こる前に事件を潰す探偵である。また、そのモットーは同害報復の法理。つまり、しかけようとしたのと同じ手段で報復をすることだ。
色々起こるが最終決戦は父の四十九日の法要だ。
<感想>
面白かったー。いろんな事件が未然に防がれていくのが楽しかった。
「タリオ」という存在を初めて知った。ハンムラビの時代まで遡り、この小説の中では要するに事件が起こる前に犯人っトリックを特定し同害報復を行う者、これで現実には事件が起こらなくなる、ということらしい。
そして「タリオ」は快感だと言う。つまり、相手を手のひらで転がし、徹底的な力の差を見せつけ報復することに、とてもつもない快感が宿るのだと言う。
分かる気がする。
同害報復は見ている方もスカッとする。悪いことをした奴は悪い目にあっても仕方ないよねみたいな倫理観が読者に備わっているせいだと思うが、でもそれって実際本当にそうなのだろうか?悪い奴は悪い目にあってもいいのだろうか?
さておき。
そもそも読者は探偵側のさらに上の視点から小説を眺めているので、タリオの登場人物が得る快感の一段メタ的に上の快感を得ることになる。それがこの小説の真髄だと思う。読者はタリオ以上の快感を手に入れることができる。ニコチンパッチ利用した上でのタバコ服用のアナフィラキシーで苦しむ音ことを、毒蜘蛛の毒によるで絶望する男を、爆破に巻き込まれて身体の機能を失った女を、同情的に見ることはしない。なぜならわたしたちはタリオのその先を行って「すべて手のひらの上」の快感を知っているから。とくに推理小説を読む人などはそうだろう。
そう言う意味で、事件をバシバシ解決してバシバシ報復していくから、小説として快感であった。このくらいのヒントで事件が起こる前に事件の内容を予見できる読者っているのかな。わたしは推理小説は予想しないで「えー」「うそー」「そーなのー?」と楽しむ方なので全然。「絶対解いてやる」って思いながら読む人には逆に物足りないかもしれない。
最後、橋田があーでこーで、そこまでの予想をしていなかったので驚いたけど超かっこよかった。
井上真偽は面白いので今後も読んでいきたい。








