遠心分離機

文体の練習

今年出会ってよかった小説一位「恋に至る病」(斜線堂有紀)

恋に至る病(斜線堂有紀)

前段

kindle unlimitedは賛否両論ある気がする。おそらくというか絶対、きちんと購入するよりは作家、筆者の実入は少ないだろう。とはいえ、さまざまな新しい著作との出会いがそこにはあって、そういう意味では著者としても先行投資的なものと言えなくもないのかもしれない。

何が言いたいのか。

今年出会ってよかった小説のダントツ一位は斜線堂有紀の「恋に至る病」だと断言できるのだが、この作品との出会いがまさにkindle unlimitedだった。と言ってもタイトル読みをしたわけではなく、あらかじめ「ほんタメ」でたくみさんが触れていたのを知っていた上でのエンカウントだった。もしかしたらそういう前情報がなければ読んでみようと思わなかったかもしれないし、一方でunlimitedに来てなかったら知っていても読まなかったかもしれない。そういう意味では、運命的な邂逅だったと言えよう(言えない)。

まあでもそれは本稿の主旨と一切交わらないのでこのくらいにしておこう。

なぜ出会ってよかった小説一位なのか

単純に、この小説との出会いが、斜線堂有紀との出会いだったから。小説の内容も描き方も文章も全部好きで、舞城王太郎ぶりに作家ハマりした。著作が多過ぎて少ししか読めていないが、これからどんどん読んでいきたい。そんな作家に出会うのは久しぶりのことだった。なので、この小説に出会えたことが本当に幸せだった。kindle unlimitedとよびノリたくみ、ありがとう。

ツッコミどころはそりゃあるけれど、それを遥かに凌駕する魅力に溢れた作品。

どんな話

では、仕切り直して内容の話。

150人以上を殺した女子高生とその幼馴染のお話。幼馴染が主人公。女の子がシリアルキラーになるに至る経緯や主人公の逡巡戸惑い驚嘆絶望が書き連ねられる圧倒的な救いの無さの中での……これ以上は読みたい人がいるかもしれないのでここでは一旦このくらいにしておく(次項で触れる)。

どんな話かもうちょい(超絶ネタバレ)

転校生で小学五年生の宮嶺望は自己紹介で失敗した際クラスの中心的な女の子寄河景に助けてもらう。それ以来話すようになるが、ある事故をきっかけに、望は景のヒーローとなることになる。六年生のとき同じクラスの根津原から、望は苛烈ないじめを受ける。景はそれを知り、根津原を自殺に見せかけて殺す。中学時代根津原の死の真相を景から直接聞いた望は、今後何があっても景を守ると誓う。

高校に上がると景はますます美しくカリスマ性を発揮し生徒会長になる。望も副会長となり、あるとき後輩の言葉をきっかけにお互いの気持ちを確かめ合い付き合うことになる。このとき景は「プレイすると死ぬゲーム」である「ブルーモルフォ(青い蝶)」のゲームマスターが自分であることを告白し、このことこそが自分が望を好きであることの証明であると話す。根津原のいじめの際見て見ぬ振りをしてきた同級生たちのように、人に流されて自分で考えられない人たちを淘汰するためだと説明する。そして「私が間違っているのなら、今ここで宮嶺が止めて」と景は言う。その後、望は困惑するが、結局は景を見守ることになる。景を守るヒーローになるつもりだったが、景の殺人を肯定することしかできない。ブルーモルフォが廃れていくことを願ったが、どんどん洗練されて死者が増えていくだけだ。

時間が経過して、景がブルーモルフォのゲームマスターをやめることができるかもしれないと思う出来事が起こるが、しかし結局景はブルーモルフォを続けたいのだと悟る。

「景は、多分、良い人間ではないんだね」
「そうだね。私はきっと化け物なの」

「……僕は正義の味方じゃない。景の、ヒーローだから」

望はブルーモルフォを終わらせる決意をし、画策する。それを知った景は再び同級生の自殺を止めることで、宮嶺が正しいか自分が正しいかの勝負をし、自分が勝ったらずっとそばにいてくれと頼むが、同級生に刺されてしまう。
望は、景がどれだけ救いようのない殺人犯でも、自分を救ってくれた大好きな存在なのだと思う。そして、景のポケットから転がり落ちた「望の消しゴム」を見て、景が地獄に堕ちるとしても、ずっと味方で守ると誓う。
景は結局望の腕の中で死ぬ。ブルーモルフォのプレイヤーに望はぼこぼこにされ、ブルーモルフォのマスターとして逮捕される。刑事たちには、景に騙されていただけで被害者なんじゃないかと詰められるが、あくまで自分がマスターであり、景こそが自分に言われて行動していたのだと言い張る。
終わり。

景はどうしてブルーモルフォを作ったのか

寄河景というカリスマ性のかたまり

景のクラスでは多数決すら存在しない。景が元からすべての児童・生徒の心に入り込んで、景の思った通りになるように導くことができるからだ。
同級生の葬儀での弔辞、中一で吹奏楽部の指揮者、成績優秀、友達の自殺を止める、生徒会長、人権スピーチ。景は見た目も空気も中身も美しく、正義感も強く、景の言うことすることに間違いはない。ほとんど神。

善意の転嫁としてのブルーモルフォ

小学校で望は、根津原あきらから凄絶ないじめを受ける。殴る蹴る閉じ込める砂を舐めさせる。根津原はその日のいじめの終わりに望の手の写真を撮り、それをウェブサイト「蝶図鑑」に延々とアップしていた。そうしていじめに気づいた景は、根津原を自殺に見せかけ殺す。これは景の善意の発露である。

景はそれまで性善説で生きていたが、世の中には「流される」人間が一定いることに気づく。根津原がいじめをしていても誰も止めないが、根津原がいなくなれば誰も望をいじめない。そうした、「自分で考えられない人間」をなくすため、景はブルーモルフォを作った。

という見方。この考察を望は当初採用していた。そのため、自分のせいで景を殺人者にしてしまったという意識に苛まれる。

ただのサイコパスの創作物としてのブルーモルフォ

物語の後半、景は望に話す。

「私はブルーモルフォが好きだった。とあるゲームデザイナーの言葉なんだけど、面白いゲームをデザインするために必要なのは、快楽を仕組み化することなんだってね。ただ、私とみんなの快楽は違うみたい」

「根津原くんの一件で着想を得たのは本当。ブルーモルフォで死ぬ人間に生きる価値がないと思っているのも本当。社会を掃除するだけで、私の楽しみも満たせる。そうだね、ブルーモルフォを運営するのは楽しかった」

「ごめんね。理由なんてないんだ。両親は二人とも良い人だし、私をちゃんと育ててくれた。周りの人はみんな良い人だったし、悲惨な家庭状況も虐められた経験もなかった。私はずっと幸せだった」

景が善意の人で無いことを思い知らされ、そのあとでこの話を聞いた望は、ブルーモルフォを終わらせる決意をする。

景はどこまでを操っていたのか

凧を隠した

望が景のヒーローとなるきっかけであるとある事故。それは、公園に来ていた女の子が凧を無くしてしまって泣いているのを景があやしていたことから始まる。景はその凧を見つけ、それを取りに行く過程で小さくない怪我を負う。
高校時代、ブルーモルフォについて話しているとき、この凧を隠したのは、そもそも自分だったのだと景は望に告白した。
このとき、怪我をして望をヒーローに仕立て上げてそばにいさせるようにする、までを想定していたのかは、ここでは判断保留。

根津原に消しゴムを盗ませ、いじめに発展させた

根津原に盗まれたはずの消しゴムを景が持っていた。このことから、消しゴムは、根津原の一存ではなく景に支持されて盗まれたのだということが示唆されている。景ほど全体を把握している人間が根津原からの自分への好意に気付かないはずはないので、こうして消しゴムを盗ませることで嫉妬心を煽った、ひいてはいじめに発展させたのではないか、までを考えていたのかどうかは、ここでは判断保留。

望が放火しようと思ったとき、おあつらえ向けに置いてあった新聞の束は?

望がブルーモルフォを潰すため、景の家に放火して「景と口論の末、殺そうとした」ことにすることにしたとき、いつも片付いているはずの景の家のリビングには、束ねられた新聞ゴミが都合よく置いてあった。望はこれに不自然さを感じず、「これに火をつけよう」と思うに過ぎなかったが、のちに刑事から、すべては景によって仕組まれていた、望もいいように操られていただけだと説得される。これについては、ここでは判断保留。

 

スーパーハッピーエンディングとしての「恋に至る病」

ここからはわたしの感想というか祈りにほとんど近い。だから全部違うことも考えられる。

景ははじめからただ望が好きだった

凧→怪我→ヒーロー

だから「凧」を隠して子供をあやす姿で印象づけたかった。怪我をするところまでが予定通りだとしても、予定外だとしても、どちらにしても自分の存在を望に示したかったから「凧」を隠し、そして少し時間を置いてから見つけたのだ。
そして多分、怪我は想定内だろう。そのくらいしないと、望の気持ちを手にいれることはできない。ただのいい奴で終わってしまうからだ。つまり、望のことが好きで好きで仕方ないから、自分をひどく傷つけてでも自分を心配して負い目を感じてそばにいて欲しかったっていう、完全に頭のおかしい景の描写がこれだった。

ただこの話少し留保があって、終盤に景と望でこんなやりとりがある。

「景が勝ったら、僕は何をすればいい?」
「どんなことになっても私と一緒にいて」
 祈るように景が呟く。
「どうしてそんなに、」
 僕に執着するのか、と続けようとするつもりだった。およそ共感とは縁遠いはずの景が、どうして僕だけをこうして特別扱いするのか。けれど、景は答えの代わりに僕の右目蓋をそっと撫でた。そのまま縦に、柔らかい皮膚をなぞる。それはかつて、彼女が傷を負った位置だった。

このことで、景は、あの事故の怪我のとき、望が自分のヒーローになると言ってくれたとき、そのときから望を特別に感じ執着するようになったのだと伝えたのだ。怪我するところまですべてを景が仕組んだという説をわたしは採用するが、しかし、おそらく期待を超えて望が心の底から自分のことを心配してくれたことに、景はきっと救われたんじゃないか。そこで、人間みたいな気持ちが景の中に少し芽生えたんじゃないか、という、これはわたしの願い。

消しゴム→いじめ→助ける

消しゴムは、景が根津原に盗ませたと考えるのが妥当。なぜ盗んだのかは、「好きな人に消しゴムをもらったら両思い」という流行りのおまじないのためだった。これを根津原に盗ませたのは嫉妬心を煽るため。そこからどのくらいのいじめに発展するかまでは考えが及んでいなかったかもしれないが、好きな人をいじめさせてどん底に追いやって絶望させてから助けることで自分を印象付けた。好きな人に好きになってもらうためにその好きな人を果てしない絶望に追いやってから助ける、という完全に頭のおかしい景の描写がこれだった。

新聞の束

景はおそらくすべてをわかっていた。望がなぜ根津原の母にアクセスしたのか、なぜ自分を呼び出したのか。望が、すべての罪を被ろうとしていることも。「地獄に落ちる」は望の言葉だけれど、景も同じことを考えていたのかもしれない。だから、自分も地獄に落ちるけど、望が罪を被ることで一緒に地獄に落ちてくれる、地獄でまた自分のヒーローになってくれると信じて望の思い通りにする、という完全に頭のおかしい景の描写がこれだった。

なぜ望は景を助けることをやめたのか

消しゴム

景の制服のポケットから、根津原に盗まれたはずの自分の消しゴムが転がり落ちてきたことから、望は、景がずっと前から自分のことを本当に好きでいてくれていたことを痛感する。と同時に、その気持ちの発露として、人を欺き、従わせ、殺してきたことの重さも思い知る。自分へのいじめも、そのあとの救いも、すべて景の思惑通りだった。景は完全な化物なのだと、望はあらためて確信する。景は人間を傷つけてもどうとも思わない、殺意は計り知れず、満足することもない。誰かを害することをやめない。だからこそ、そんな景が破滅しないように、景を助けないことに決めた。だから警察に通報したのだし、救急車を呼ばなかった。

地獄で再び結ばれることを祈った

「景は、悪い人間かもしれないけれど、化物かもしれないけれど、地獄に落ちるだろうけど、それでも、僕は君を守るから」

望は死んでいく景が地獄に落ちると確信している。だから、自分が景の罪を全て背負って、自分も地獄に堕ちようと決めた。地獄に堕ちて、景と再びめぐりあい、景をずっと守っていこうと決意した。これは、刑事へのこんな質問からわかる。

「僕がブルーモルフォのマスターとして正式に裁かれたら、僕は地獄に落ちるでしょうか」

騙されていようが騙されていなかろうが

どちらにせよ、この物語は望にとっては常にスーパーハッピーエンディングだ。好きな人が、自分が好きになるよりも前から自分のことを好きでいてくれたのだと思えて(事実かどうかは関係ない)、倒錯しているけれど、最低最悪で地獄に落ちるような方法ではあったけれど、それをずっと示し続けてくれていて(事実かどうかは関係ない)、本当に幸せな気持ちがあるのだ。だから地獄へ見送ったし、自分も地獄へ落ちていく道を選んでいる。

地獄できっと二人は結ばれるんだろう。騙されていようが、騙されていなかろうが。

かなしいほど美しいね。

景はただのサイコパスだったのか

「やっぱりそうか」

終盤、善名美玖利の自殺を止められるか止められないかで望に勝負をしかけた景は、美玖利にデザインナイフで何度も刺される。

「……ごめんね、ごめんね。私、景が居ると、生きたくなっちゃうんだよ。この世界でまだ生きていたくなる。だから、本当にごめん。何度も助けようとしてくれたのに、それでも私は行かなくちゃ」

これは、表向きの景、望が好きになってくれた景が、ブルーモルフォを超える存在であるから起こった出来事でもあり、しかしブルーモルフォが、「みんなが見ている景」に勝った瞬間でもある。どちらも勝ち、どちらも負けている。
この出来事を受けて、景は「やっぱりそうか」と呟く。
これについて望は、「寄河景では自殺を止めることなんかできないのだと自重したのか、あるいはブルーモルフォの魔力が本物であることを誇っていたのか、僕には分からなかった」と述べる。景も望も勝ってもいるし負けてもいる。が、最終的にはブルーモルフォを選んだと言えなくもない事実としては。

わたしとしては、景はただのサイコパスだったわけではないと思っている。望のことを好きな気持ちをきちんと持っているし。だから、すべての出来事がすべてポーズのみだったのかと言われるとそうでもないと思う。というのはわたしの願いでもあるのだけれど。望を好きだからこそ、望が好きでいてくれた景を信じたい気持ちがあったのではないか。だけど、結局ブルーモルフォが勝ってしまったので、「やっぱりそうか」、自分の中の善なる部分が、自分の中の狂った部分に勝てなかったことに、落胆したんじゃないだろうか。

そうであれば、やはりかなしいのだけれど、この圧倒的な救いのなさの中で、ほんの少し、でも確かな、救いだったんじゃないだろうか。景は、やっぱり自分の中の、望が見つけてくれた善なる自分を、信じていたかったのだ。

本稿未解決のワード

余生

「宮嶺は私のヒーローになってくれる?」
 寄河景がそう言った瞬間から、僕の余生が始まる。

このような出だしでこの小説は始まるが、「余生」の意味がいまいち分からなかった。
こんな大事件が余生????なぜ????

多分大事なワードなはずで(小説の出だしにするくらいだから)、誰かわかる人いたらコメントで教えてください。

 

↓もおすすめ↓