遠心分離機

文体の練習

To the Moonはハッピーエンディングなのか

 

個人的に「To the Moon」というフレーズに意識が向いたので、アドベンチャーゲームの名作「To the Moon」について考察してみることとする。

To the Moonのストーリーを順を追って整理する

雑にどんなゲームか

 エヴァ・ロザリーンとニール・ワッツ、二人の医師は、死期の迫った、昏睡状態にある人間の記憶に働きかけることで、その人が叶えたかった夢、あきらめてきたことなどに関する願いごとを意識の上で叶え、安らかに死を迎えられるようにすることが仕事。その方法は、特別なマシンを使い記憶の中に入り、少しずつ記憶を遡っていくことで本人の願いを把握し、記憶に働きかけるというもの。そうすることで、本人の中に、その願いごとが叶っていた別の人生の記憶を新たに構築させ、意識の上で願いを叶えていく。

今回の依頼人ジョンの願いごとは「月に行きたい」というもの。しかし、なぜ月に行きたいのかという理由が誰にも分からないでいる。そこで、エヴァとニールは少しずつ記憶を遡りながらそこに秘められた本当の願いを見つけ、ジョンの記憶に働きかけていく。

<ジョンの恋とか愛とか苦悩とか選択とか>

ジョンの恋とか愛とか

自分の平凡さに悩んでいるジョンは、ハイスクールで出会った変わり者のリヴァーが、他人と違うこと、特別であることを理由に好きなり、デートに誘う。

しかし時間になってもリヴァーはやってこず、ジョンは中座して映画館の廊下でやるせない気持ちになる。すると、シアターの中からリヴァーが出てきて、なぜジョンが映画の途中で外に出てしまったのかを訊ねる。

To the Moonより

それに対しジョンが「気づいてたなら、どうして近くの席に来てくれなかったの?」と聞き返すと、リヴァーは「(約束通り)同じ部屋で同じ映画見てた」と答える。その少し人とズレた返答にジョンは驚きつつも面白く思い、ますますリヴァーのことを好きになる。

To the Moonより
ジョンの苦悩

しかし付き合っていくに連れ、リヴァーのそういった特性に苦しめられていく。

To the Moonより

それに対して、リヴァーと同じ障害のあるイザベルが、リヴァーなりにジョンを大切に思っていること、それを信じてやるしかないということを諭す。

To the Moonより

そうしてジョンは様々な場面でリヴァーの特質的な性格を受け止め、リヴァーが病気で死ぬまで見守り続ることとなる。

ジョンの選択

あるとき、リヴァーが灯台に対して偏執的な思いを持っていることを知ったジョンは、ある一つのもう役目を終え点灯しなくなった灯台のそばに家を建てる。この灯台は、リヴァーが「アーニャ」と名付けたもの。

To the Moonより

 

しかし、家の建築途中にリヴァーの病気が発覚し、家の建築費とリヴァーの治療費を両方は払えないという事態に陥る。このときジョンは、家の支払いのことは心配しなくて良いから治療をするようにリヴァーに説明するが、リヴァーは治療と家の建築の両立できないことに気付いている。そして自分の治療にお金を使い、家の建築を優先してくれないジョンに「私の幸せを考えてほしい」と迫る。完成させて、その家に住んで、リヴァーの友だちである灯台「アーニャ」を見守って欲しいとお願いする。

To the Moonより

結局ジョンは家の建築を続け、ついに完成させる。しかしその代わりにリヴァーは死ぬ。

To the Moonより

<リヴァーのあれこれ>

かものはしのぬいぐるみ

リヴァーは常にかものはしのぬいぐるみを連れて行動している。それは死の床でも同じだった。

To the Moonより
記憶力

学校で教師に問題を出されると、答えだけでなく周辺状況もまとめて話すことができるほど、ずば抜けた記憶力を持っている。

To the Moonより
ウサギ

ある日を境に、リヴァーは髪の毛をバッサリと切り、ウサギを折り続けるようになる。部屋中、灯台中をウサギが占拠するように。

To the Moonより
灯台

リヴァーは灯台を偏愛しており、その一つに名前をつけ大事にする。自分の治療よりも灯台を見守れる家を作ることを優先し、死ぬほどだ。

To the Moonより

<ジョンが失っていた記憶>

記憶を隠蔽されていた

エヴァとニールは、ジョンがなぜ月に行きたいのかを知るために記憶を遡っていくが、最後の最後、幼少期の記憶にアクセスすることができない。その記憶を抜きに処理を行うと、どれだけ手を尽くしても、ジョンは月に行こうとしてくれない。

なぜ記憶が乱れているのか。その理由を調べたところ、ジョンが幼少期にβ遮断剤の大量投与をされて、その副作用を利用して記憶を消されている可能性があることがわかる。

To the Moonより
双子の兄弟

そこで、最初の記憶に遡れるように手を尽くし、ついにジョンすらも忘れていた記憶に辿り着く。

そこで判明したのは、「ジョンにはジョーイという名の双子の兄弟がいて、母親の車に惹かれて死んでしまった」という衝撃の事実だった。

To the Moonより

ジョンの記憶を何者が消したのかはさだかではないが、ジョンはこの出来事を完全に忘れている。ジョーイという兄弟がいたことも忘れていたと伺わせるエピソードもある。

お祭りの夜のできごと

まだジョーイが生きていたときのこと。ジョンはママがジョーイを贔屓にしていると思っていた。

To the Moonより

あるお祭りの夜もジョーイが贔屓にされているように感じてふてくされたジョンは、家族を離れて崖の上まで登り星を眺める。

そこで初めて、人混みを避けてやってきたリヴァーと出会う。

To the Moonより

二人は綺麗な星空を見ながら様々な話をする。が、ジョンの記憶には無い。

<ジョンが忘れていてリヴァーが忘れていなかった思い出>

このお祭りの夜の記憶は、先述の通りジョンからは失われてしまっている。なので、リヴァーの中だけの残った思い出がいくつかあるということになる。リヴァーがこれらのことを覚えているのは、リヴァーの記憶力がずば抜けて良いというエピソードから分かる。

月と星で「ウサギ」を作った

To the Moonより

二人で夜空を見上げ、星座のようにウサギを作った。月はウサギのまあるいお腹だ。

灯台への思い入れ

リヴァーは、夜空の星を「ずっと灯台だと思っていた」と話す。その灯台たちはみなお互いに話してみたいけれど、遠すぎて、光ることしかできないのだと。

To the Moonより

そしていつか灯台のだれかと友だちになりたいのだと。

To the Moonより

話の中で、リヴァーは他に自分のことについて、「みんなと同じ名前になりたい」と話す。このことはおそらく名前だけではなく、他の人と本当は仲良くしたいのだという気持ちの表れだと思われる。リヴァーの灯台への偏愛は、ただ光ってることしかできない灯台に、自分が周りの人と馴染めずにただそこにあることしかできない存在であることを重ねたのではないだろうか。だからいつかそのうちの一つと友だちになると決め、その通りに行動した。そのことで自分のことも愛していたのではないだろうか。灯台を愛するということは自分を愛するということなのだ。だから、ジョンに、治療より家を完成させて灯台を大切にして見守って欲しいと願ったのではないか。

かものはしのぬいぐるみをもらった

ジョンがゲームで手に入れたかものはしのぬいぐるみをリヴァーにあげる。ジョンにとっては大したことがないことだったかもしれないが、リヴァーはそれがとても嬉しく、常に一緒に行動するようになります。

月で待ち合わせをする約束をした

ジョンとリヴァーは来年も同じ場所、同じ時間で会おうと話をする。リヴァーが「忘れてしまったら?」と尋ねると、ジョンは「そのときは月で待ち合わせだ」と話す。

To the Moonより

<リヴァーがどれだけジョンを愛していたか>

常にかものはしのぬいぐるみを持ち歩いていた

ハイスクールで再会した(ジョンにとっては出会った)頃から死の床まで、リヴァーは常にジョンからもらったかものはしのぬいぐるみをそばに置いてきた。それだけ大事なものだったのだろう。

To the Moonより
なぜウサギを折り始めたのか

リヴァーがウサギを折り始めるのは、ジョンが「初めて出会った」ときの話として、ハイスクールで出会ったときの話をした次の朝のことだ。自分が大切にしていた幼少期の思い出をジョンが覚えてないと分かり、リヴァーはジョンに思い出して欲しかったのか、ウサギをひたすら折り始めたのだ。それはリヴァーにとっては祈りそのものだった。

To the Moonより
どうして一羽だけ二色のウサギがいたのか

リヴァーが折ったウサギの中には、一羽だけ青と黄色(お腹)の二色のウサギがいる。

To the Moonより

これはお祭りの夜に二人で、丸い月をお腹に見立て、周りの星で耳と足をウサギを作った思い出を模して作ったものだと思われます。リヴァーにとっては本当に特別な思い出なのでしょう。

記憶を消されたジョンには届かなかった深い愛情

ここまで見てきた通り、リヴァーはジョンと再会する前からずーーーーーっとジョンとのかけがえのない幼少期の思い出を大切にして生きてきたことが分かる。その頃からずっとリヴァーはジョンを愛していて大切に思っていただ。そしてそのことをジョンにわかって欲しいと思っている。

To the Moonより

が、ジョンは記憶がないため、リヴァーのこれらの行動が、リヴァーの障害に起因する理解し難いものとしか思えていない。リヴァーに愛されているという実感も持てていない。

悲しすぎませんか。

<なぜジョンは月に行きたかったのか>

ここまで見てきたことは、ジョンは、記憶を消されていて理由を覚えていない。が、深層心理で「月で待ち合わせ」というリヴァーとの約束を果たすために、自覚的には理由もわからない中「月に行きたい」と思っていたと考えられる。

To the Moonはハッピーエンドなのか

ここまで見てきたように、リヴァーはずっと昔からジョンのことをものすごく好きだったことが分かる。しかしジョンは記憶を消されているので、リヴァーの行動がただの奇怪なものとして考えている。このすれ違いがなんとも切ない気持ちになる。

<リヴァーの存在を一度消すことで夢を叶えさせる>

さて、ジョンの失われた記憶も回収し終わったエヴァは、ジョンの幼少期の記憶に働きかけ、ジョンが月に行った未来を作ろうとする。が、そのためには、リヴァーと再会してはいけない。リヴァーと再会してしまっては、「月で待ち合わせ」という約束に意味がなくなるからだ。そのため、エヴァは、ニールの反対を押し切って、ハイスクール以降の、リヴァーの存在を無くしてしまう。

リヴァーのいない世界では、死んでしまったはずのジョンの双子の兄弟ジョーイもまだ生きている。そしてジョンは猛勉強の末、夢を叶えてNASAで働き始めます。

<リヴァーも約束を果たす>

しかし、ジョンの夢を叶えさせるためにリヴァーの存在を消すのは本末転倒だとワッツはエヴァに異を唱える。するとエヴァはリヴァーを消すのではなく、「他の場所に移した」のだとニールに説明する。

そしてハイスクールの記憶から消され、他の場所で大人になったリヴァーもまた、幼少期のジョンとの「月で待ち合わせ」という約束を守るために無理だと思われながらも努力して同じくNASAで働き始める。

<これはハッピーエンドなのか>

二人はそろって月へ向かう宇宙船に乗り込み、手を繋いで、はい感涙必至のハッピーエンド。

To the Moonより

なのか?

たしかにジョーイも生きているし、二人は宇宙飛行士になり「月で待ち合わせ」という約束を果たす。誰も傷つかないし、誰も不幸じゃない。

しかし、それでいいのだろうか。実際に生きてきた思い出、そこには苦悩も絶望もあっただろう。でもそれが人生なんじゃないか。一瞬一瞬に様々なことを経験して判断し悩みながら生きてきた、だからこそ命は尊いのではないか。それを今際の際ですべてなかったことにして「願いが叶った」記憶を本当の記憶として上書きすることで、現実の命は薄っぺらくなってしまう。

っていうのはわたしの主観でしかないのですが、そういうわけで、このゲームがハッピーエンド、めでたしめでたし、とは思えませんでした。

残りの疑問点(ただの妄想であること)

エヴァが作った世界線では、ジョーイは生きており、ジョンは記憶を消されていない。ということは、「来年同じ場所で会おう」という約束が果たされなかった理由がない。単にジョンが日常の瑣末な出来事として忘れていただけなのだろうか。でもそうだとすると月に行きたくなる理由もなくなる。

ということで、わたしの解釈の絶対的な致命的な「?」がここのポイントになります。つまり、ここまで書いてきたことは全てわたしの妄想だと思います。

続編「Finding Paradiese」へ

「記憶の書き換えがいいのか」問題については、続編である「Finding Paradise」のゲームの一つのテーマになっているので、またそちらで記事を書くこととする。

➡︎

nagainagaiinu.hatenablog.jp

 

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宣伝「あんず飴と月面着陸するまで」

交換日記始めたよ。なので「To the Moon」を取り上げてみたのでした。

anzu-ame-to-the-moon.hatenadiary.jp