横浜駅SF(柞刈湯葉)

 その朝、富士山は黒かった。
 昨日までコンクリートで覆われていた白富士が、一夜にしてエスカレータの黒一色に染められたのだ。それは長かった梅雨が明け、夏が来たと言う印だった。
「斜度が影響している」
 海岸に座った教授が藤の方を見ながら言う。
「構造遺伝界は一定赭土のある場所にエスカレータを形成するように記述されている。しかし同様に雨が続くとコンクリートの屋根を形成する。富士山では頂上付近と麓の天候の違いにより、エスカレータとコンクリートの層がパイ生地上に重なった構造となる。これが白富士と黒富士の構成原理だ」

横浜駅が自己増殖をして本州全土と四国を覆った。横浜駅の中エキナカは、駅員と自動改札による監視社会だ。そしてエキナカは、その外の世界エキソトは交わることが通常は無い。しかし何らかの罪を犯すと、自動改札に捕まり、駅の外の「駅孔」に追い出されることがある。海沿いに出れば人が暮らしている村に辿り着くこともあるが、大抵の場合山岳部の不毛地帯で凍死か餓死が待っている。
エキソトの九十九段下という土地で育ったヒロトは、手に入れた18きっぷを利用して五日間エキナカに入ることになった。その際かつてエキナカから「横浜駅に対する反逆行為」で追い出された東山に、人類を横浜駅の支配から解放するべく結成された「キセル同盟」のリーダーを助けてほしいと言われ、そうすることにする。また、「教授」にも「42番出口に行け」と言われ、そのことも心にとめて出発をする……

一方でJR福岡は、横浜駅の九州上陸阻止を至上命題としている。関門海峡を越えて増殖しようとする横浜駅との戦いの、未だ只中にあり、死傷者も出ている。九州から横浜駅に脱走しようとする者もあり、そうした場合、九州の武器であるポンプ銃とsuikaの交換などが行われている。久保トシルはそんな九州から四国へ脱走する。スクーターを手に入れ、東へと進んでいく。

 

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いやーよかった。文章も読みやすいし、設定もすごく面白い。JR北日本工作員2体はとっても可愛いし、登場人物も非常に魅力的に描かれている。魅力的にっていうか、興味を持てる。そして42番出口から「統合知性体」の研究施設にたどり着いたヒロトが、「教授」に出会うシーンはかなりグッとくる。

しかしヒロトはこういう選択をして、このあとどう生きていくんだろうと思う。

駅の明確な敵意を感じる。生きようと思った。

このセリフの通りヒロトは生きて九十九段下に帰り、エキナカからの物資に頼り切っていた村に農業を導入する。
エキナカにいる人たちは、数年から数十年内にどうにかなってしまうのか。外に出て生き残るのか、わからないが、ヒロトという一人の人間が背負うにはあまりに重すぎる決断だと思った。教授の、つまり統合知性体の意思の代理執行者なだけだが、それによって人死にが出るわけなので。

とはいえ、横浜駅に支配されている人間という構図は健全とはいえないと言うか完全に人間の敗北なので、やはり横浜駅は破壊するしかなかったのだよな。
横浜駅の統治下になかった危険地帯である九州や四国、そして北海道はどうなるんだろうとか少し思った。

けど面白かったー。

それにしても、いくら横浜駅でも自己増殖する、などあり得ないのだが、仕組みを聞いているとそういうことが起こってもおかし……いわ。それはおかしいんだけど、理屈は通って見える。というかそういう未来の技術にワクワクする面が無いとはいえない。