「ある女王の死」「妹の夫」「雌雄の七色」「ワイズガイによろしく」「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」の五作からなる短編集。初出は全部小説推理。
「ある女王の死」は、最恐の高利貸し榛遵葉の死体の傍に置いてあるチェス盤から物語が展開する。刑事はそれをダイイングメッセージではないかと考えた。そして金庫を解錠し、そこにあるものを見た。この小説は、そこに至るまでの長い時間の物語。
「妹の夫」は、技術の進歩によって360光年先への有人ワープ航行が可能となった。荒城務はその宇宙飛行士として、最愛の妻琴音を地球に残し旅立った。荒城は琴音と相談し、家にカメラを仕掛けた。その画像は宇宙船にいる荒城に届く。時間差があり、音声データは無く、一方通行のコミュニケーション。ある日荒城がモニタを眺めていると、自宅に来客があった。手袋をした男と琴音がやがて口論をはじめ……。
「雌雄の七色」は、ある脚本家の元妻が残した手紙。さまざまな色(虹の色)に、元妻から脚本家への思いや起こった出来事が綴られ最後には……。
「ワイズガイによろしく」は、ギャングスタ、シャックス・ジカルロがトマトグレービーを煮詰めている場面から始まる。シャックスがキッチンにおいてあるジュークボックスを起動し、エルビス・プレスリーの"It's Now or Never"を聴いていると、突然音楽が途切れ、誰かからのメッセージが響く……。
「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」は、1970年代、ゴールデンレコードを宇宙探査機に載せるため、宇宙にいる知的生命体に伝えるにふさわしい写真を一般から募り、その選定をする委員会の様子を描いた物語。委員長であり科学者のセーガンが、まず癖のありそうな日本人の男にプレゼンをするように促すと……。
<ネタバレあり>
「ある女王の死」は妙に遵葉に感情移入してしまいそうになったが、いかんいかん多くの人間を死に至らしめた最低最悪兇悪な高利貸しだぞと。遵葉が仕事で金を貸してきたすべての登場人物のチェスにかける鬼気迫る必死さと、生駒と遵葉との穏やかな交歓とのコントラストが、物語に奥行きを与える。
極悪非道の人物がなぜか唯一心を許す存在に出会い……(その後はいろいろある)、というのは多分それほど珍しいシチュエーションではないのだが(当時のピッコロさんと悟飯みたいなね)、生駒は遵葉の苛烈な追い込みによって両親を失くしている。だからこそ遵葉は生駒に思いを重ね、近所のチェス好きばあさんとして見守って行くのだが、その捻れた関係と感情がグググっと読者の心を重くする。
遵葉が何年もかけて真壁を出し抜いたように、五越も何年もかけて遵葉を出し抜いた……はずが遵葉は過去の「封じ手」を用いて、生駒では無く五越が犯人として議論の俎上に上がるだろう仕掛けを最後に作る。これによって生駒は殺人の嫌疑を逃れるかもしれない、それはめでたしだが、いやいやそもそもこれ極悪非道な高利貸しのおばさんが身から出た錆で殺されただけやぞと思うんだが、しかしやはり綺麗に感情移入してしまい、「よしよくやった。よくできた」と拍手を送ってしまうのだ。それだけ主人公に感情移入できるということ。まあわたしがしやすいというところはあるのだが、それでもやはり斜線堂有紀の力だろう。
「妹の夫」は、熱い。宇宙と地球で時間差がある中、しかも荒城の宇宙船の翻訳機能が壊れている中、地球にいる本部の担当通信官であるドニに「琴音が殺されたが、その犯人は妹の夫である」と次のワープまでの20分の間に伝えようと試みる。二人の懸命なジェスチャー、単語単体のコミュニケーション、類推によって、ドニは荒城の家にカメラが仕掛けられていたこと、妻を殺害した犯人のことを知ることになる。そして度目の長距離ワープのあと繋いだ担当官は歳をとったドニで流暢な日本語で事件の顛末について話してくれる。熱すぎる。たった20分ではあったが二人には信頼関係が生まれ、事件が解決している(っぽい)。よき。
「雌雄七色」は、七色の手紙が、実際の順番とは逆に手紙の内容が示されて行くので、サスペンスとして逆にスリリングなものになっていた。手紙調は、近代文学を読んでいるかのような、感情の滲み出るものでしかし現代的な軽さもあってとてもよかった。このあと、潤吾は死んだのだろうか。わからない。しかし犯人ももう死んでいるのである。誰も罰せられない。罰せられるのは潤吾だけだ。そういう意味では全体の女性らしいねちねちした殺意から一転してさわやかささえあるラストであり、面白いというしかない。
「ワイズガイによろしく」は最高だった。ジュークボックスから流れてくる声=未来人が、なぜシャックスの生存にこだわったのかは明白で、それはシャックスの最後のセリフの通り。つまり未来人(シャックスの息子)は、自分の命のためにシャックスの命を守る必要があった。そのために、綿密に計画してシャックスに行動をさせた、何年にもわたって(何年も経ってるのはシャックスだけだが)。ここは循環している。
目的に向かって計画を立て粛々と実行していく(実行するようにシャックスに話す)様は、あらゆる仕事(犯罪)の計画書を書き綿密に実行してきたシャックスの子どもならでは。読んでいて気持ちいい爽やかさがあった。最高だった。
「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」は月並みな感想になるが玖水がやっぱりとてもよかった。こういう無敵のスーパーマンキャラ好きなんだよなあ、くせつよだったけど。この辺の、登場人物にやられてしまうあたり、斜線堂有紀にやられているのだよなあ。キャラが生き生きと描かれていると、それだけで楽しい。セーガンが、玖水を訝しがりながらも、玖水が次々と各人が持ち込んだ写真の謎と隠された事実を暴いて行くことが会議に資することをすぐに悟り、泳がせるところが、逆に科学者っぽいあり方だなと思った。おらんけど、科学者の知り合い。実際の選定の予選会がこんなふうに行われていたんだとしたらかなり胸熱だけれど、まあそんなことはなかっただろう。この作品を現実のカール・セーガンが読んだらどんな感想を持つだろうと思ったけれど、もう鬼籍に入られていた。そりゃそうか。
などなど。
いやー面白かった。斜線堂有紀は、短編だとこういう感じで、長編だとああいう感じだけれど、どっちをやっているときが楽しいのかね。気になる。
↓Xやってます↓
— mah_ (@esttentenc) 2024年10月9日
↓Blueskyaが好きです↓
今回の激レアさんヤバかった。メモさえとってればもっと早く……とか言ってはダメか。
— mah_ (@nagainagaiinu.bsky.social) 2024-10-09T03:12:12.953Z