わたしは無職でしかもちゃらんぽらんな記事を書くので年相応の落ち着きを見て取れないと自分でもはっきり自覚しているのだが、実は40歳、ジャスフォーだ。段々と人生の折り返しに近づき、というかほぼ折り返しでしかも無職でこれから一体どうしたらいいのか途方に暮れている。どうしたらいいですか?(相談)
さて、そんなわたしだが、たとえばやりたいことが二つある。
一つはyoutuberになることで、もう一つは自分の文芸作品を販売することだ。
youtuberになりたい、といっても人気になりたいわけではなく、20回再生くらいの動画をいくつかアップしてたまたま通りかかった人に「えこの人何のために動画作ってんの、何をモチベーションにして更新できるの」と思われたいだけだ。意味があるのか。無い。
自分の文芸作品を販売したい、といってもやはり人気になったりしたいわけではなく、20冊前後刷って文フリに参戦して1冊売れたらよくて残りは全部知り合いに無理やり送りつけて別に感想も聞かないみたいなイメージだ。意味があるのか。無い。
意味は無いが、楽しそうだ。それがすべての行動のモチベーションとなる。いやすべては言い過ぎだ、だって生きるために食べているのだし。
どちらもやる気になればすぐにでもできることだ。youtuberになることは今日からだって撮影して編集してアップロードするだけで可能だし、自分の作品集を販売することだって印刷所で刷ってboothなりで販売するかこれからなら冬の文フリに参加すればよい。
なのにそうしないのはなぜなのか。日和ってるんだろう。まあそれは、わたしのごときただの病弱の無職が自分を少しでも表に立たせようなどという企て、日和って然るべきだ。ネタがない、恥ずかしい、炎上したくない、お金がない、人望がない、センスがない、ないないばっかできりが(略)。
つまり怖いのだ。
自分が何かを発信することが。
もちろん、このブログでは読書感想を書き散らかしているし、書籍やゲームにまつわる考察やちょっとしたネタも提供しているし、さまざまなおでかけも記録している。圧倒的多数の人から見れば、それだけで何かを発信する側だ。
youtubeも作品集の作成もその延長線上にあるはずだ。できるはずだ。できると思う。できるといいな。でき……ないよ!
でもしかしそれでも思う。何かをしないとしたら、この先の平均的残り時間である40年があまりにつまらないじゃないかと。他人には「大人もチャレンジしろ」とか言っておきながら、わたしは病弱なのを言い訳に何もしていないではないかと。
そういうわけでまずは5年以内に作品集を作ってみたいと思う。そして作ったら各方面に押し付けまくるので、覚悟しておいてほしい、はっはっは。
え、タイトル「youtuber」ってなってるけどって?タイトル詐欺でした、はっはっは。